第86話 グライデルの結末
俺の質問に、もしかしたら全く無反応である可能性も考えないではなかった。
しかし、幸いなことにというべきか、そこに《存在》しているから当然と考えるべきか、そこにいる黒骸骨王は俺の言葉に反応し、顔をわずかにこちらに向ける。
普通ならどういう意味か、わからないかもしれない。
けれどやはり、俺にはこいつが何を求めているのか、理解できた。
できてしまった。
「……試してみてもいいかって? もちろん、構わない。俺を殺しにかかるとかなら話は変わってくるけどな」
冗談めかしてそんなことを言えば、黒骸骨王は慌てた様子で首を横に振ったので、大丈夫だろう。
思ったよりも反応は人間的だな……。
グライデルに従っていた時とは、性格がだいぶ違う?
従属している相手によって、その辺りは変わってくるのかもしれない。
ともかく、
「じゃあ、頼む」
そう言うと、黒骸骨王はこくりと頷いて、それからその体をさらに漆黒に近いもの……もっと言うのなら、無数の細かな闇色の粒子状の物体に変化した。
しかしそれは黒骸骨王の輪郭を取ったままだったが、しばらくしてそれらはまるで、膨大な数の虫の群れのように動き出し、そして俺の背後……正確には、俺の影の中へと入り込んでいった。
「……これは……!」
そして、その場から黒骸骨王の姿は完全に消滅する。
気配も全く無くなったように感じられたが……。
「黒骸骨王、お前はそこにいるのか……?」
そう尋ねてみると、影から、にゅっ、と黒い骸骨の腕が出てきた。
「おぉ……やっぱり、影に潜ったってことか。そんなことが出来るんだな……」
俺の影に潜ったと言うことか、影全般に潜れるのか、それとももっと他の性質によるものかは検証が必要だが、一見した限りはそう言うことらしい。
まぁ、これなら……いきなり全てが露見する、と言うこともないだろうととりあえずの安心をすることはできた。
ただ、永遠に大丈夫と言うわけでもないだろう。
隠し通すためには出来る限り、こいつを人に接触させないことが重要だろうが……。
戦力としてかなり期待できるんだよな。
できることなら、マタザたちの稽古相手にも使いたいし、少しばかり強めの魔物と戦う時にも共に戦って欲しいところだった。
どうしたものか。
そんな感じでしばらく困っていた俺だったが、その心配は数日後に解消されることになった。
******
「いい話と悪い話、どちらから聞きたいかしら?」
カタリナの屋敷の中、彼女が微妙な表情で俺にそう言ってきたからには、だいぶ悪いことがあったのだと察するのは難しいことではなかった。
だが俺はそれに配慮してやるほど優しい性格でもない。
こう言う時は悪い話から聞いた方がいい。
その方が長く対策の時間が取れるからな。
「悪い話の方から」
「……変わってるわね。でもいいわ。悪い話だけど、グライデルが死んだわ」
端的な言及だが、どう言うことなのかはすぐに理解できた。
殺されたのか自死したのかはわからないが、結局彼からは大したことは聞けずに事件は幕引きを見ることになる、ということに他ならない。
「なるほど、悪い話だな。ちなみに理由を聞いてもいいか?」
「尋問官の尋ね方に問題があって、ということではなかったわね。毒を口にして亡くなっていたそうよ」
「体を探らなかったのか? 俺もそれなりに調べたが……」
「どうも奥歯の辺りに隠蔽のかかった魔道具があったみたいなのよね。流石の貴方でも分からなかった奴よ」
「あぁ……それは、どうしようもないな」
俺もグライデルの持ち物は色々と弄ったが、流石に口の中まで隈なく調べたりはしなかった。
一応口を開いて、怪しげなものがないかは視覚で確認はしたのだが、奥歯に隠蔽の魔術までかかってたらもう、見つけられなくても仕方がないだろう。
しかしそんなものがあるとは……。
これからはそういうところも気をつけて調べなければならない、という教訓を得られたと思っておくしかない。
「というわけで、十中八九、自殺でしょうね。次点として、そのように見せかけた暗殺……だけど、そういう痕跡もないし、これ以上は調べようがないの」
「暗殺者が関わっていてもそれではどうしようもないな……」
腕のいいのは何の痕跡も残さない。
魔術で消したり魔道具を使ったりそういうものは逆に一切使わなかったり、まぁ人によるとしか言えないのだが、とにかく霞のように現れ消える、それが彼らだ。
もちろん、その手口をよく知る者であれば何か見つけられる可能性はあるが、そこまでの人材をこのミドローグが取り揃えているわけもない。
俺が一応、何度も次期公爵として殺されかけた経験を持っているから、多少は分かるかもしれないが、それこそ俺がわかるくらいのことは調べられる人材は流石にミドローグでもいるだろう。
つまり、俺がやることはない。
グライデルの話はこれで終わりか……。
まだ聞きたいことが思いついたら後で聞くとして、俺は話を変える。
「まぁ、話は分かった。で、いい話の方はなんだ?」
「それはね、今回のことで貴方に大きな功績があることを参事会で議決したの。だから、貴方には何か報酬をという話になっていて……何か欲しいものはある?」
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