第79話 提案
「悲観的なのね」
少しばかり気の毒そうな表情でカタリナがそう言った。
俺はそれに苦笑とともに答える。
「現実的と言って欲しいな」
紛れもない正直な気持ちだった。
人は裏切る。
簡単に。
俺の家族ですら……。
まぁ、あれ以外にやりようはなかったし、どうしようもなかったことは分かってはいる。
でも心のどこかに、俺は裏切られたんだ。
そんな気持ちが燻っていることもまた、事実だ。
随分と女々しい心持ちだなと我ながら思うわけだが……多分これは一度会って話さないと、解消されない類のものだろう。
別に心底恨んでるとかではないのは当然の話なのだけどな。
あれで俺には頼るものが無くなってしまったのは事実だ……そんな俺の気持ちを分かっているはずもないが、カタリナが思いついたように言う。
「でも、貴方には多少の後ろ盾が必要なはずよね。私はそれにちょうどいいと思うのだけど」
そうなってくれるつもりが、彼女にはあるようだ。
もちろんそのつもりでここまで彼女に力を貸してきたが、自らこうしてはっきり口にしてくれるとありがたい話だった。
それでも、全面的に受け入れるには今の俺はひねくれすぎているようだ。
俺はカタリナに言う。
「……別に絶対じゃないさ。人里で、人間的で文化的な生活を送ろうと思ったら、というだけだ。いざとなればどっかの山奥にでも逃げても、俺は生きていける」
それもまた、事実だ。
今の俺は良くも悪くも、他人に頼らないで生きていけるようになった。
最悪《煉獄の森》で一生を終えることすらも、やろうと思えば出来ると思う。
まぁ、その途上で魔物に殺される可能性の方がもちろん高いけれど、訓練を繰り返し、技能を上げて、さらに仲間も《従属契約》技能で増やしていけば……。
それなりの勢力を作り上げることすら。
今、それをしていないのは、色々と模索している途中だからだ。
あまり仲間を増やしすぎると、行動範囲も狭くなる。
今ですら十人以上いて、全員で動くとすごく目立つからな。
その辺り、どうにか解決できないか、と言うのが目下の問題でもあった。
当たり前だが解散するわけにもいかないからな。一度仲間としてやってくと決めたんだから。
俺は裏切らない。
たとえ《煉獄の森》に戻ることになったとしてもだ。
「それは出来る限りやめて欲しいのだけど……でも、私の言ってること、間違ってはいないでしょう?」
俺の言葉に本気を感じたらしいカタリナが、勘弁してくれ、と言う表情でそう言ってくる。
俺はその言葉にとりあえず頷いて答えた。
「そりゃあな。俺だってちゃんとした家でまともなベッドで普通に調味料の効いた食事をしてのんびり暮らしたいともさ。魔物だらけの森の中で毎日唸り声に怯えながら暮らすなんて、もうまっぴらだ」
本心を言えば、間違いなくそうだ。
誰だっていやだろう。
魔物と虫だらけの森で暮らし続けるなんて。
「……随分と厳しい生活をしてきたのね」
「でも生きてる。それが大事なんだ」
ただ死にたくない。
それが俺の生きる目的だ。
それに感心したようにカタリナは笑い、
「いい意味で生き汚いわね」
そう言ってきた。
俺は彼女を軽く睨み言う。
「貶してるのか?」
「褒めているのよ。貴族が、そこまで本気で努力できるなんて稀有な存在じゃない。だから……ちょっと提案があるの。どうかしら、聞いてくれる?」
少しだけ上目遣いでそう言ってきたのは、何か後ろめたい願いがあるからだろうか?
そう思ったが、とりあえず。
「……聞くだけならな。いざとなったら山奥に……」
「もうそれはいいから。私たち、十四歳でしょう?」
いきなり出てきた話に、俺の首の傾きはさらに大きくなった。
ただ事実であるから頷きつつ答える。
「……? まぁ、そうだが、それがどうかしたか? 屋敷に戻ったら合同でお誕生会でも開こうかって?」
懐かしい響きだ。
公爵家にいたときは俺や弟、それに両親の誕生日にはパーティーが開かれていたな。
やってもいいが、同時に酷くくだらない気もしないでもない。
そんな俺の言葉に、カタリナは呆れたように、
「私の誕生日はもう二月前に過ぎてるわよ」
「それはおめでとう。俺は三月前には過ぎてる」
お互いにそんな状況ではなかった時期だったのかもしれない。
「貴方もおめでとう……というか微妙に年上だったのね」
少しだけ驚いたらしいカタリナだった。
「一月程度で年上も下もあるか。で、続きは?」
「そうね。同い年なんだから、一緒に学校に通ったら面白いのではないかと思ったの」
それは急な提案だった。
学校?
「は? 何言ってるんだ。あんたは貴族、俺は平民……しかも住所すら不定のな。一緒の学校なんて通えるわけがないだろう」
俺の口から出てきた言葉はまず、それだった。
しかしカタリナは言う。
「それがそうでもないのよ。この国、ユリゼン連邦の最高学府についての知識は?」
「確かアークガル魔法学院だったか? 確かに入学者の身分は問わなかったか……でもな、今更」
少し実現の可能性はありそうだが、それだけだ。
俺には入る理由はない。
カタリナはそんな俺を気にせず続ける。
「あそこはより高度な学問や魔術を修めるための高等教育機関よ。入学年齢は特に定められていないけれど、平均で十五歳。平均卒業期間は、まぁ、三年で出れれば優秀、と言ったところね」
「そこに入ろうって? さっきも言ったが無理に決まってるだろ。俺は……追われる身だ。そんな状況でそんな目立つところになんて……」
そう、それが一番の問題だった。
昔の俺ならいざ知らず、今の俺には知りたいことは確かにたくさんある。
だから学校で……学べるなら、研究できるのなら、少しだけ興味が引かれるところもないではない。
でも、無理なのだ。
しかしカタリナはそれで諦めなかった。
「私が身分も名前も用意する」
「お前の力なんて、ミドローグ一つすら押さえられない程度に過ぎないだろう」
鼻で笑うようにそう言った俺だったが、カタリナは、
「大丈夫よ。今回のこれで、問題の多くは解決するでしょうから。父の力も借りられるはず」
力強くそう言い切る。
そこまでの功績になるだろうか?
今回のことでどれだけ評価されるかは今は未知数だ。
ただ……そう言い切ることで、自分を鼓舞しているのかもしれない。
そう言う時は、誰にでもある。
そしてそんな時は、自分ののぞみに向かって走っている時だな。
「……どうしてもそうしたいらしいが。そんなことをして俺になんのメリットがあるんだ?」
「だから、力よ。私との繋がり、それを信用しきれないんでしょう? なら他にも色々とコネを作っておくのはありではないかしら?」
「学院でか?」
「そう、あの学院には、ユリゼン連邦各地から、多くの権力者の子弟が集まってくるもの。貴方の目的にうってつけだと思うの。それに、学問自体にも興味がありそうだったから」
「それは……」
まぁ、言っていること自体は正しいだろう。
ユリゼン連邦で、権力者などに繋がりを作ることは、俺が欲していることに他ならない。
その一人目が、カタリナだっただけで、他にもそう言う相手がいるなら、顔合わせしておいても損はない……。
少し悩み出した俺に、カタリナは可能性を感じたらしく、
「なら、前向きに考えておいて。別にそんなに深く考えなくてもいいじゃない。それこそ、面倒になったらさっさと逃げ出して森にでも山にでも行けばいいでしょ?」
「……まぁ、確かに。少しだけ、考えておく」
「いいわ。まぁ、入学しようと言っても、私もミドローグを完全に掌握するまで一年はかかると思う。その後の話よ。夢の話ね」
「その頃にカタリナが失脚してたらなしになるってわけか。面白いかもな」
「面白がらないでよ……」
頬を膨らませてそう言ったカタリナが少し可愛らしく見えたのだった。
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