36.夜の見張り二人分
出発前の準備を済ませ、俺はみんなに確認する。
「忘れ物はないか?」
「うん! 大丈夫だよ!」
アナリスが元気いっぱいに返事をして、他の三人も頷く。
彼らは問題ない。
続けて俺は双子の姉妹に語り掛ける。
「エレンとエリンは?」
「あたしらもいいぜ! 元から荷物なんて大してないしな!」
「だ、大丈夫です」
「よし。じゃあ出発する」
次なる目的地は、ここから二つほど離れた街だ。
昨日のうちに情報収集は済ませてある。
最近一番多く失踪事件が起き、その中心にあるのがこれから向かうラプティスという街らしい。
特に冒険者や行商人が失踪することが多いとか。
「今回はハズレだったからなぁー。次は当たってることを祈るぜ」
「祈るなら任せてくれよな!」
「そういう意味じゃねーよ」
「んん?」
クーランは呆れながらため息をこぼす。
失踪した人の中には、彼女たちのように人攫いに遭遇したケースもあるだろう。
悪魔の関与がなくても、悪事を働く人間はいる。
平和になったからこそ、そういう人間は増えているのかもしれない。
俺たちが魔王を倒して勝ち取った平穏は、必ずしもすべての人間にとって幸福だったわけじゃない……のかもな。
少なくとも、全ての人間が幸福を謳歌できているわけじゃない。
「難しいよな」
「どうかしたの?」
「なんでもない。ラプティスがどんな街かなって考えていたんだよ」
「そっか! 楽しみだね!」
ラプティスは俺たちも初めて訪れる街だ。
十年前に世界各地を旅したわけだが、全ての街や土地を巡ったわけじゃない。
争いに導かれ、それを止めるために戦った。
当たり前だけど、楽しい旅行気分で旅ができたわけじゃない。
今もそうだけど、あの頃よりはずっとマシだ。
しばらく歩いて夜になる。
出発が正午過ぎだったこともあり、今日中に到着することは難しかった。
俺たちは街道の端で足を止めて、今夜はここで野宿する。
幸いにも周囲にモンスターの気配はなかった。
夕食の準備を始めようとすると、エレンが俺の背中をつついて言う。
「それならあたしらがやるよ! な? エリン」
「う、うん。ご、ご迷惑でなければ……」
「本当か? じゃあお願いするよ」
今朝も用意してもらったが、偶にはいいだろう。
調理用の道具はあるが、キッチンがあるわけでもない野宿での料理。
俺たちは何度も経験して慣れているけど、二人は大丈夫かと心配だった。
思ったより適応している。
二人とも慣れた手つきで料理をしていた。
クーランたちも感心して見ている。
「へぇー、手際いいな」
「そうね」
「見習ったほうがいいんじゃねーの?」
「誰に言ってるのかしら?」
「さぁな? その貧相な胸にでも手を当て――ぶへ!」
失言をしたクーランをシスティーが思いっきり殴り飛ばした。
今のはクーランが悪いな。
しかし本当に手際がいい。
特にエレン、彼女のほうが料理は得意みたいだ。
性格的な印象で、どちらかというとエリンのほうが得意そうだなと思っていたが、どうやら逆らしい。
「エリン、そっちの野菜とって」
「うん、これでいい?」
「そ! テキトーな大きさに切っておいてくれる?」
「わかった」
エレンが指示を出し、エリンがそれに従って行動していた。
テキパキ動くエレンに対して、エリンは少しオドオドしてぎこちない。
包丁で野菜を切る手つきも、若干の危なっかしさがある。
エレンの邪魔にならないように頑張っているような感じかな。
「できたぜ!」
「お、お待たせしました」
「ありがとう、二人とも」
二人が作ってくれた夕食を食べ終わると、今夜は就寝の時間だ。
ここは外、夜空の下。
周囲はモンスターの気配はなくとも自然が広がっている。
怖いのはモンスターだけじゃない。
人間も、動物だって時に脅威となりえる。
当たり前だが、全員が安心して眠れるような場所じゃない。
野宿の時は交代で見張りを立てることになっていた。
特に相談はなくとも、俺たちは決まった順番に目覚め、見張りを交代する。
俺の場合は、朝方朝食の準備をしたりする関係で一番最後だ。
「クーラン、お疲れ」
「おう。もう交代の時間か。ちょっと早くねーか?」
「大丈夫、もう目が冴えちゃったから」
「そうか? んじゃお言葉に甘えて」
クーランは大あくびをして焚火の前から立ち上がり、皆が眠っている場所に移動する。
俺が代わりに焚火の前に座って、炎に木をくべる。
炎は自分たちの意思を知らせる意味と同時に、気温が一気に下がる夜では、温かさを維持するためにも重宝される。
モンスターが多いエリアでは悪手だが、動物が多い場所なら猛獣避けにもなる。
動物の多くは炎を本能的に恐れるから。
朝日が昇るまで、大体二時間と少し、といったところだろう。
それまでしばらくは暇だ。
「あ、あの……」
「ん?」
ふいに声が聞こえて振り返る。
俺の隣に、双子の妹のほうエリンが立っていることに気づいた。
「エリン、起きたのか」
「は、はい。ライカさんは、見張りですか?」
「ああ。今は俺の時間だ」
「わ、私もご一緒しても、いいですか?」
彼女はもじもじしながら、申し訳なさそうに尋ねてきた。
俺は少し首を傾げて言う。
「いいけど、寝ていてもいいんだぞ?」
「いえ、その、私たちだけ見張りをしないのは……よくないと思うので」
「別に気にしないよ。ほら、エレンだってまだ寝てる」
彼女は豪快に大の字になって眠っていた。
女の子なんだから、もう少しお淑やかに眠ったほうがいいと思うけど……。
気持ちよさそうだから邪魔したくない。
「エレンちゃんはいいんです。私より頑張ってます、から」
「ん? エリンだって同じだろ?」
「……」
彼女は口をつぐむ。
そんなエリンを見ながら、少し感じることがあった。
「見張りは大人の仕事だ。子供のうちはしっかり寝て大きくならないとな」
「……」
「でもまぁ。眠れないなら付き合うよ。ちょうど話し相手が欲しかったところだから」
「は、はい! よろしくお願いします」






