228 笑いもの
「貴様、この状況を理解しているのか?この私を騙した挙句、知らないだと?ふざけているのか!」
クレハがベスト公爵にさっさと帰るように促すも、彼が素直に従うはずもなく、クレハの胸ぐらをつかみ、怒号をぶつけている。もちろん、クレハはそのような事で狼狽えてすらいない。この程度のことでいちいち反応していてはアホな貴族の相手などしていられないからだ。
「あなたこそ理解しているんですか?いくら公爵と言ってもいきなり確認もなしにこのような暴力沙汰を起こして間違えでしたでは済まされませんよ。」
クレハは目を顰め公爵に自分のしていることこそ分かっているのかと尋ねると動揺を見せたのは彼と一緒にやってきた執事だった。
「だ、旦那様、どうでしょう、ここは念のために事実の確認を行いませんか?公爵である旦那様が公平に物事を進めることで民にも公平性の大切さを示すのです。公爵家である旦那様が行うことに意味があるのです!」
「む、そうか?そうだな、確かにそうだ。公爵であるこの私が公平性を持たすことに意味があるな。おい、お前、さっさとこのクレハ商会で例のコーヒーを購入したことを示せ!」
公爵は執事に言われたことに機嫌を良くし、一緒に連れてきた商人に誰が見ても自分の行っていることは正当であることを示せと言ったのだ。
「そんなことをしたところで今までの行動がなかったことにはなりませんけどね。」
ただでさえ食事の邪魔をされた挙句、いきなり決めつけによって胸ぐらまで掴まれたクレハは既に謝られてもこの公爵を許す気はなかった。そんな怒りが少しだけ溢れてしまったのだろう。誰にも聞き取れない小さな声ではあるが思わず、クレハの不満が出てしまう。
「公爵様、私は確かにピトリスの街でこちらのコーヒーを購入しました!このコーヒーが偽物なのはクレハ商会が悪である証拠です!」
そう言うと商人は粉状になったコーヒーのようなものを客たちの前に指し示す。そんな彼の発言にクレハは思わずため息をついてしまうのであった。また、驚くべきことにそのため息の理由を一番に理解したのは周囲で見守っている見物客だった。
「おい、ピトリスの街ってどこだ?ここで買ったんじゃないのか?」
「あんた知らないの?ピトリスの街って言ったらあそこにいるクレハ様が貴族になられる前にクレハ商会を設立したライスオット帝国との国境にある街よ。クレハ商会のファンには聖地ともいえる街なんだから!」
「だったらそこで買ったんだな、それならやっぱりあいつの言っていることは正しいってことか?」
「はっ!あんたバカじゃないの、これだから一般組は、何もわかってないんだから。」
「おい、なんだよ一般組って、いったい何の話だよ!」
「一般組っていうのはクレハ様が貴族になってからクレハ商会のすばらしさを知った新参者のことよ。ピトリスの街にしかクレハ商会がなかったころからクレハ商会のファンになった人たちは元祖組って呼ばれてるのよ。
って、そんなことは良いわ。大事なのはあいつの言っていることは嘘っぱちってことよ。あいつが買ったって言っているピトリスの街にはコーヒーなんか売ってないのよ。コーヒーを売っているのはここだけなの、あいつはそんなことも知らないで墓穴を掘ったのよ。」
周囲の話し声を聞いたクレハはまさかお客さんたちがそのような変なグループ分けを行っていたのかと驚いており、ベスト公爵のことを一瞬忘れてしまっていた。
もちろん、先ほどの客の会話は周囲の人間やベスト公爵、商人にも聞こえており、商人は自分が墓穴を掘ってしまったことに、ベスト公爵は今の状況が後々どのような事態に発展するかを想像し、顔を青くしていた。
「はぁ、余程お客様の方がわが商会のことを理解していらっしゃるようですね。それで、気はすみましたかベスト公爵?せめてこのようなくだらない茶番をするのでしたら事前に調査を行ってバレない嘘をついてくださいよ。
ご自身のパーティーで痛い思いをしてから何も学んでないのですか?あなたの噂はこちらまで聞こえてきますよ、せめて恥ずかしい噂が収まるまでは家に閉じこもってはいかがですか?」
相手は公爵とは言え、ここまでのことをしでかした上にすべて間違いだと本人すら気が付いているのだ。そんな公爵に今まで溜まっていた不満をぶつけるようにクレハは嘲笑しながらベスト公爵を卑下すると周囲で見守っていた見物客からクスクスと笑い声が聞こえ始める。
そんな光景がベスト公爵にあのパーティーの日の屈辱を思い出させる。ベスト公爵はそんな周囲の目に耐えられなくなったのか、連れてきた商人の首根っこを掴みそそくさとクレハ商会を後にするのだった。
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