133 カウントゼロ
アイールと名乗る商人に投資詐欺にあい屋敷の調度品やお金を巻き上げられたカルティ伯爵、彼は今までにないほど荒れていた。その理由はコーカリアス王国の法にある。
この国の法では領地を維持することのできない貴族、つまり国に税金を納めることのできないくらい貧しい貴族は過去に反乱を起こした事例もあるために、強制的に爵位を取り上げられてしまうのだ。
生まれてから今まで貴族としての特権に甘えてきた伯爵だ。そんな彼が貴族の特権をはく奪されると聞いて逆上しないはずがなかった。
「くそ、くそ、くそ!このワシが騙されただと!詐欺師風情が伯爵であるワシをコケにしおって。」
伯爵は癇癪を起しとにかく部屋を滅茶苦茶にしている。伯爵が詐欺師に騙されたという話は使用人の口からでも広がったのか彼の治めている街中に広がっていた。もともと評判の良くなかった伯爵が貴族でなくなるという噂だ。
そんな噂を街の住人たちが放っておくはずがない。人々の口から口へ瞬く間に広がり、この街では知らない者はいなくなってしまった。
そんな伯爵に仕える人間など余程のもの好きだけだろう。全盛期は何十人といたメイドたちもいつの間にか全員、屋敷から去っていた。今では警告のためにクレハの元を訪れた執事ただ一人しか伯爵の元に残っていなかったのだ。
「旦那様、どうかお静まり下さい。今はどうにかして他の貴族家からお金を用立てて今年の税金を国に治めなければなりません。私も商人たちを当たってみますので旦那様は交友のある貴族家に面談をお願いいたします。」
伯爵に仕えていたメイドたちが去った後も執事がつかえていたのには理由がある。彼は先代の伯爵に大きな恩があり、そのころから伯爵家に仕えていたこともあり、今の伯爵を見捨てることができなかったのだ。
「うるさい!ワシに命令するな!もう終わりだ、どの貴族たちもワシに会うことすらしない。屋敷を訪れても門前払いだ。くそ、くそ、くそ!あの女さえ現れなければすべてはうまくいっていたのだ。
成り上がりの男爵が!ひひっ、もうワシは貴族でなくなるのだ。愚民どもと同類だと、こうなればせめてあの女を道ずれにしてやる。なぶり殺しだ、あの世で後悔させてやる。ひひっ、あははははっ。」
伯爵はあまりのショックからか、ついには最悪の手段を思いついてしまった。しかし、彼をとどまらせたのは彼に仕えている執事だった。
パチーンと大きな音が部屋に響き渡り静まり返る。気づけば伯爵の頬を執事がはたいていた。自らに仕える人間であるはずの執事が自分を殴ったのだ、伯爵は徐々に顔を真っ赤にして執事のとった行動を問い詰める。
「貴様、このワシに手を出すなどどういう了見だ!」
「旦那様、いえ、坊ちゃん。どうか目をお冷まし下さい。国に税金を払えなくても貴族位をはく奪されるだけです。ですが、今や男爵は周囲の貴族や商人たちにも一目を置かれる存在です。そのような人物に手を出せば旦那様の命が彼らに狙われてしまいます。
命さえあれば再起を図ることも可能です。どうかお願いいたします、ご自分の命を第一にお考え下さい。」
今までは可愛さから伯爵のことをさんざん甘やかしていた執事であった。しかしながら、それは自分のエゴであり、今までの自分の行いがどれだけひどかったのか、今の伯爵の様子を見てようやく気付いたのだ。執事は涙を流し地に這いつくばり伯爵に嘆願する。
「私がすべて悪かったのです。今まで、悪いことを悪いと叱らず、坊ちゃんの言われるままに行動をしていたため、坊ちゃんの性格がゆがんでしまったのです。
私のことを痛めつけようと嬲り殺そうとかまいません。好きにしてもらって結構です。ですから、どうか早まったことはなさらないで下さい。」
今までは物を投げつけようと、どれだけひどい言葉をぶつけようと彼が涙を流すことなど一度もなかった。そんな執事の行動を目にした伯爵の脳裏に幼き日の執事との楽しい思い出が浮かび上がる。
彼のとった行動は確かに伯爵の心に届いたのだ。伯爵の表情は穏やかになり、懐かしげな表情を浮かべている。彼の心の中にもほんのわずかな良心はあったのだ。
あの頃の懐かしい思い出を思い浮かべる、今のように歪んでしまった思い出ではなく、あの頃の純粋な思い出を。そんな思い出を思い出した伯爵は自分が何をやっているのかと後悔に打ちひしがれることになる。
「ワシは何ということを、あぁ、すまない爺。ワシはお前に何度も何度もひどいことを、ワシは、ワシはこれからどうすればいいんだ。爺、もうどうしたらいいか分からない。ワシを助けてくれ。」
伯爵は幼子のように泣きわめき、執事に追いすがることしかできなかった。執事の思いがけない行動により、伯爵の中で消えかかっていた良心の炎が再び燃え出したのだ。今の伯爵をみて、誰が今まで悪事を働いていた貴族であると思えるだろうか。
「坊ちゃん、確かに今はどん底かもしれません。いえ、坊ちゃんの人生においては間違いなくどん底です。ですが、どん底であればこれ以上落ちることはありません。これからゆっくりでいいです、いつかこの日のことを笑って過ごせるように這い上がりましょう!二人でいつか日の目を見るために。」
「爺の言う通りだ、ワシが言うのもおかしいかもしれんが、いつだってやり直すのに遅いなんてことはない。まずは、どこかの商会で働くぞ。そうしてためたお金で小さな店をやるのだ、その売り上げを使って今まで迷惑をかけた者たちに謝りに行こう。
今まで迷惑をかけてきて申し訳ないと思っている。しかし、ワシは何をすればいいのか分からないのだ。少しだけでいい、ワシに働き方を教えてくれ、頼む。」
伯爵は自分から頭を下げて執事に教えを乞う。今までわがままでプライドが高い伯爵が頭を下げたのだ。子供のように感じていた彼の成長に執事は感動してしまい思わず涙があふれてしまう。
「坊ちゃん、素晴らしい考えです。この爺、いつまでも坊ちゃんと共にあります。本当は坊ちゃんが子供のころに教えることだったのです。これは私の罪でもあります。私も寝る間を惜しんでお教えいたしますので坊ちゃんもお覚悟を!」
「望むところだ、手を抜こうものなら容赦しないぞ!」
その日からしばらく過ぎ、カルティ伯爵家は国に税金を治めることができず、当主である伯爵は貴族位をはく奪され、平民となり下がった。当初はそんな伯爵を笑いものにしようと街中の人間が彼の元を訪れ、石を投げたこともあった。
伯爵にひどい目に合わされた人間の中には伯爵に暴力をふるい伯爵は血だらけになったこともあった。しかしながら、彼は何をされようとも、何を言われようとも、ただ謝ることしか行わず、抵抗すらしなかった。どれだけ罵られようとも住人達のために働き彼らに対して贖罪を行っていたのだ。
いつしか、そんな伯爵の態度に彼らも思うところがあったのだろう。次第に彼のことを罵るものはこの街にはいなくなっていた。
それから、心を入れ替えた伯爵は宣言通り自らの力でお金を稼ぐようになる。このお金を元に小さなお店を執事と共に経営し始めたのは遠くない未来のお話である。
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