グラウの昔話②
もはや見ているだけでも苛立つ、だけれど尊敬もしている、同じ血が流れていることを誇りに思いながらも、全身の身体を掻きむしって血を流し切りたくなるぐらい不快である。
それが俺の父親、ヴァイス=エンブルクだ。
俺が彼について知っていることはそう多くなく、むしろ友人とはいえ他人のグラウの方がよく知っていそうなぐらいだ。
「アキさん。 大丈夫ですか?」
エルの言葉を聞いて、大丈夫だと返す代わりにエルの頭を撫でる。 今は父親とグラウと俺、それにエルもいたが、エルは月城に連れられて外に出た。
人に聞かせるような話ではないのだろうか。
「大きくなったな」
昼間も聞いた言葉が、扉の閉まる音に紛れながら俺の耳に入る。
落ち着いた声色とは反対に、どこか居心地が悪そうですらある。
グラウの注いだ酒を持ち上げてそれを喉に含ませる。 いつもグラウに飲まされるような喉の焼けるキツい酒ではなく品のあるものだ。 それでも胃の奥にジワリと熱がこもり出すのを感じる。
二度目の言葉。 それには謝意があるように感じて、畏敬のあった父親から畏れの感情が酒に溶ける。
「ああ」
素直に俺が言うと、父親は酒に口を付ける。
一度謝られれば、箔を付けさせるために追い出した程度のことは許してもいいように感じるのが不思議だ。
いつもふざけていたり、酒を飲んでばかりいたグラウがシラフなことに少し不気味さを感じながら、飲んでいた酒を置く。
「グラウと共に行動していたんだな」
「たまたま、出会ってな。 お前とこいつはすげえ似てたから、すぐに分かったよ」
また沈黙が続く。 一人一言ずつぐらいしか話していないのに、もう何分ほど経っただろうか。
陽気に笑っているグラウが、昼間から笑っていないのが居心地悪く、酒とツマミだけがよく進む。
「どうだった」
「お前に似てるって言っただろう。 駄目な奴だ」
グラウは酒を飲みもせずに、ツマミを一口放り込んでから続ける。
「女好きで、頭が固く、腕っ節だけで、失礼だし、生意気だ、口調が人間らしくない、なんか目つきうざったければ、性格もよくない。
クソ駄目人間じゃねえか」
「誰が女好きだ」
「女に尻尾振ってご機嫌取りばっかしてる奴が女好きじゃなければ何なんだよ」
別に嫌われないようにとエルが喜ぶようにしているだけなので、そんなに尻尾を振るなんてことはしていないのだが。
「ヴァイスもそうだっただろ」
「……ああ」
嘘だろ。 と思ったが、父親は素直に頷いた。
「結局はそれも意味はなかったがな」
父親はそう言ってから酒を煽る。
「グラウから、少し旅の話を聞いたらしいな」
「ああ、お前と母親がグラウを頼って家出したとか、まぁそこは信用出来ないが。
それで一年逃げたあと、グラウとお前が母親にプロポーズして、母親がお前を選んで、お前と母親が結婚したんだったか?」
父親は舌打ちをしてからグラウを睨む。
「やはり、嘘を教えていたのか」
「ああ、お前がグラウを頼るのはどうせ嘘だろうと思っていたから……」
「それは、事実だ。 ああ、不快だ」
父親はガリガリと頭を掻きむしって、椅子にもたれかかる。
グラウを見ると、俺から目を逸らす。
「逆だ」
「逆? 何がだ?」
まさかいつもグラウの言っている冗談のように母親とグラウが父親を取り合った、なんてことはないだろう。
「あいつが、ハクが選んだのは私ではなく。 そこの不快な男だった」
「……は? じゃあ俺は母親と父親の子供ではなく、グラウの子供だったのか?
いや、確かに「息子よ」とは何度も言われていたが……」
「いや……というかやっぱりアキレアって本気で馬鹿だよな。 身分の差があるから、友人にはなれてもそれ以上には無理だ」
「そんなもの、捨てればいいだろうが! 他国にでも行けばどちらもただの余所者だろうがよ!」
声を荒げて言ったあと、小さく息を吐き出す。 何故感情的になっているのか。
「まぁ、な。 否定はしねえよ」
「いや、悪い」
妙な空気になったところで、父親が口を開いた。
「そんなことを話すつもりではなかった。
今までのことを聞こうかと、思ってな」
「何のためにだ。 まさか息子の成長が知りたいなどとは言わないだろう」
ツマミを口に運び、咀嚼する。
長時間エルに触れていないせいかイライラしてきたが、途中で抜け出してしまえばエルに怒られてしまいそうなので諦めて座って置く。
「耐瘴気性が極端に低い一族」
父親が突然全く関係がないことを口に出す。
「それは偶々ではなく、人為的に生み出された。
いつか蘇る魔王、あるいはそれ以外の災厄に控えて強力な人間を製造するためにな」
「へー、そうなのか」
グラウの能天気な声が聞こえて、少し落ち着く。
「それの対処のために、血を薄める訳にはいかなかった」
ああ、俺の話ではなく母親との話か。
「どうでもいい。
それよりも、何故俺に魔法を学ばせ続けた? 今となればもう不満もないが、強さを求めるのならば早々に違うことをさせた方が良かっただろう」
「……まさか、魔法の才がないとは思っていなかった」
「え? 魔物なら遠距離系と近距離系がいるのは当然じゃないか?
んで、お前が遠距離系でアキレアが近距離系ってだけで」
「同一種族だ。 前例を見ても、身体的に優れていることはなかった」
「いちいち頭固いからこんなことになってんだよ。 パパッと諦めて俺に預ければ良かったのによ」
「それはない。 そもそも、お前がどこにいるかなんて把握してない」
何を言っても今更であるということになり、話に方がつく。
「話はズレたが、お前は何をしていた」
「だから、なんでそんなことを聞く」
「必要なことだからだ。 これからのこの家にも、魔王を討ち倒すにも」
理由になっていないと不満はあるが、面倒ながら端折りながら話していく。 街に入り、エルと出会い、エルと移動して、グラウと出会い、三人で赤竜を倒して、絵本を見つけ、ロトと再会し、村を救って、ロトと別れてここに戻ってきた。
長く濃い一月であったと思っていたが、話してみればそれほど長くはなく、すぐに話し終える。
「そうか、よくやったな」
「……言っておくが、その耐瘴気性とやらの維持のために尽くす気はない。
エルと添い遂げるつもりだ」
俺が告げると、父親は顔を顰めてから頭を掻く。
「それは……いや、妾を作ってそちらで薄めぬようにすればいいか」
それならば問題はないかとは思ったが、頷く前にエルの言葉が脳裏に蘇る。 『あっ、でも。 他の女の子がアキさんのことを「大好きー」ってしてきても……アキさんは、好きにならないでくださいよ』 決して他の女に好意を抱くことはないだろうが、エルが勘違いして自傷、いや自殺を行うかもしれない。
「それは無理だ。 エルが嫌がる」
「いや、それは困るのだが……」
「レイがいるだろう」
「あいつは血が薄いしな……。
仕方ないか。 分家の奴等の中で一番血が濃い娘をレイに」
「んで、レイくんも他の女と恋に落ちてってなったら笑い話だよな」
「笑えるか」
父親が不満を表しながらグラウを睨むと、グラウはそれを意に介した様子もなく、やっと酒に口を付けてから笑う。
「俺たちの世代で完全に討ち滅ぼせば、笑い話だろう」
グラウは笑った。 それに釣られるように父親も少しだけ笑みを浮かべる。
「お前は単純でいい」




