鎖
近くにあった宿に入り、部屋を二つ取る。
縛られたまま、疲れた身体を癒そうとベッドの上に倒れ込む。 隣の部屋でも入った音が聞こえたが、直ぐに出て行ったらしい。 酒でも飲むのだろうか、元気なものだ。
「んぅ、お疲れ様です」
隣のベッドではエルが横になっていて、警戒心のない柔らかい笑みを浮かべて此方を見ている。
可愛い。 抱き締めたい。
軽く唾を飲み込むと、エルは何か勘違いしたのか、立ち上がってコップに水を汲みいれて俺の口元に持ってくる。
喉が乾いていたのは事実なので、礼を言ってその水を受け入れる。
意図的にエルと俺の飲み口を同じところにする動きにドギマギしながら水を飲み込み、小さく息を吐き出す。
やはりもう夏なのもあり、布団と自分の接地面が暑苦しくある。
そのままエルが俺の布団のところに倒れ込んで、座っている俺に寝転がるようにジェスチャーをする。
すごく暑そうだと思うが、エルとくっ付き汗だくになるのは嫌な気はしないので、欲望とエルの指示に従ってベッドに横になる。
「アキ、さん……。 あの、ですね。 ぎゅーってしても……いいですか?」
隣で横になっているエルが、恥ずかしそうに頰を赤らめながら俺に言う。
「別にいいが……。 汗臭いかもしれない」
そういうとエルは俺の体を抱き締めて、顔を俺の胸に埋めて息をする。
「アキさんの匂いがします」
「お、おう」
俺もよくエルの匂いを嗅ぐけれど、エルに匂いを嗅がれると妙にくすぐったいような気持ちになる。
許可を出した手前、離れろとは言い難く、エルが好き勝手に撫でたり抱き締めたり匂いを嗅ぐなどをしてくる。
マーキングするようにエルは俺に身体を擦り付けて、自分の匂いが俺に混じったことを確かめてから、いひひと笑う。
しばらく身体を好き放題にされて、エルが満足したのか自分のベッドの方に戻りスヤスヤと眠り始める。そういったことを期待していたわけではないが、酷く生殺しだ。
モヤモヤとした気持ちを抱えながらも、身体をは疲れのために眠りへと入っていった。
翌日、目が醒めるがまだグラウは寝ているだろうし、エルも寝ているようで縛られている現状では何も出来ないので二度寝をする。
二度寝の後、エルが動き出す音を聞き、共に起きて行動を開始する。
エルが性懲りもなくクリーンを使用して指先の皮膚を犠牲にして身嗜みを整えたあと、外に食べに出る。
一応グラウも共に食べないかと誘おうかと思ったが、部屋の前に行くといびきが聞こえてきたので二人で行くことになった。
何処で食事を取ろうかという話になっている時に、金物屋が目に入る。
「食事の前に、鎖を買いましょうか。 すごく暑いんですよね?」
「それは助かる」
二人で中に入り、少しギョッとした顔をしている店員を横目に鎖を探す。
一つ一つが大きい鎖と、一つ一つが小さな鎖がある。
「見栄え的には大きい鎖の方がいいですけど、小さな鎖の方が寝やすそうですよね」
「見栄えを言うならどちらも最悪だからな」
「なら小さい方にしましょうか」
此方をすごく見てくる店員に会計をしてもらい、その場で布を解き、身体をほぐした後にエルに鎖を巻きつけてもらう。
エルに礼を言った後、エルが布を抱えながら店を出る。
エルは新しく買った鎖の端から伸びているところを、犬のリールのように握りながら手を満足そうに揺らす。
見つけた飲食店の中に入り、店員と顔を合わせる。
「ル、ルト……!? えっ、何、何してんのそれ!?」
この前、赤竜戦の時にも見た元級友の男。 この前は無視しても問題なさそうなタイミングだったが、今はどうにも無視出来るような状態ではなく、間の悪いことに店内もガラガラである。
元級友の男は俺の鎖を指差しながら言った。
エルも元級友の男と、俺の顔を交互に見ていて、逃げ出すことは難しそうだ。
「あー、なんだ、その。 まずは席に案内してくれるか?」
「お、おう」
元級友の男に対してなんて言えば上手く誤魔化せるだろうか。 突然暴走するかもしれない魔物だから、なんて事実を話す訳にもならない。
だが、他にまともな言葉が思いつかない。
言い訳も考え着く前に席に辿り着き、元級友の男は口を開こうとした。
「……趣味だ」
とりあえず適当に答えると「お、おう。 そうか」と言ってそれ以上の詮索を止めてくれた。 単に関わりたくなくなったのが大きいかもしれない。
エルがメニューを見ている横で、元級友が不躾にエルを見続ける。
「この子は何なの? てか、今何してる?」
一応、俺が生きていることは隠したかったのだが、もうこうなった以上は取り繕う方法もないだろう。
エルとの関係を考えると、勇者とそのお供、あるいは恋人同士といったところだ。 流石に恋人という訳にはいかないので、仲間のリーダーは少し違う。 主人といったところだろう。
言葉が見つかったので口を開く、俺とエルも同時に答えていた。
「主人だ」
「恋人、です」
元級友が固まる。 その隙にエルの見ているメニューを覗き込む。
「この子供が、ルトの御主人様で彼女……!? だから鎖を持ってるのか……すごいプレイだな。 ルト、うん。 俺は、引いてないからな」
「そうか」
引かれると思っていたが、引かれないならそれに越したことはない。 他人に興味の薄い俺でも、久しぶりに見た知り合いが見た目が幼い童女にしか見えない女の子を恋人にしていたら、引いて距離を置こうとするだろう。
学生時代に仲良くした記憶はないが、意外といい奴なのかもしれない。
ヨロヨロしている元級友に料理を注文して、小さく息を吐き出す。
「アキさん。 これ、趣味では、ないですよね?」
「そりゃそうだろ」
しばらくすると元級友の男が水を持ってこっちに向かってきて、向かい側の席に座る。
「仕事はいいのか?」
「ん? まぁ今の時間は昼の客も朝の客もいないから割と空いてるし大丈夫だろ。 客が他に来たら戻るけど」
遠回しに仕事に戻れと言ったつもりだったのだが、元級友には通用しなかった。
さして興味のある人物でも、仲良くしておかなければ不都合のある人物でもないので放っておいてほしいのだが、元級友は話しかけてくる。
「君の名前は?」
「え、あ、僕ですか? エルといいます」
軽く頷いてから、水を二つ渡す。
「ありがとうございます」
エルは俺の顔を伺い、俺が首を横に振ると水を手に取って自らの口元に運んでいく。
元級友は特に聞いたわけでもない、元級友達の現状を丁寧に説明してくる。 そんなのを聞いていると、厨房の方から元級友を呼ぶ声が聞こえる。 どうやら料理が出来たらしい。
元級友が運んできて、エルと俺の前に置かれる。
エルは俺の前に置かれたものを食べやすい大きさに取り分けてスプーンの上に乗せて、俺の口元に運ぶ。
「はい、あーんしてください」
縛られてから三日目ともなればそこそこ慣れてきているつもりだったが、知り合いの前でとなるとやけに気恥ずかしい。 顔を引かせた男から目を逸らしながら口を開き、咀嚼する。
「鎖、解いてから食べるとかじゃないんだな」
「ああ、まぁ」
エルはスプーンを持ち替えることなく、俺に使ったスプーンで自分の分も食べていく。 随分昔にこういう行為のことの名前を聞いたことがあるなと思っていると、思い出す。 確か、間接キスだ。
その言葉を思い出すと急に気恥ずかしくなるも、ここで突然恥ずかしがるもの妙なので我慢して受け入れる。
「まぁ、なんだ……。 幸せそうで良かったよ」
お前にはこれが幸せそうに見えるのかと問い詰めたくなるが、趣味だと言ったのは俺なのでそういうわけにもいかない。
これが趣味だとしたら、それに付き合ってくれる恋人がいたら幸せにも見えるだろう。
問題は事実は趣味ではなく、強い羞恥を感じていることだ。




