剣聖剣奴④
脚が動かないため自室にリアナを呼び寄せて話すが……どうにも大怪我を負ったことに憤慨しているようだ。
失望に歪められた表情のまま俺を睨み、隣の部屋から持ってきた椅子に脚を組んで座る。
エルがリアナのスカートを隠すようにふとももに布を掛けて、それに礼を言ってからリアナは口を開いた。
「──なっていないな。 お前は強いだろうに、私や、その勇者よりもずっと」
「いや、あれは強かった」
「お前なら先手で斬ってしまいだろう。 実力は確かだが、精神的には……未完成、いや、そもそもが戦闘には向いていないのだろうな」
「リアナよりかはマシだろう」
「精神面の話だ。 ぱっと見では好戦的で冷静に見えるが、実のところは臆病。 その上、戦闘になるのに立ち上がりが遅い」
リアナはエルの掛けた布を取り外し、エルはリアナの脚を隠すように布を掛けなおす。
おそらく、俺がリアナの脚を見ることが嫌なのだろう、彼女のそういうところはいじましく可愛らしい。
「以前から思っていたが、安定性に欠けるというよりかは、怪我をしてやっと本気で戦えるというような。野生の獣に近い特性だな」
「……否定はしないが」
「まぁ、直せるものでもないだろうがな。 根本のところで戦闘に向いているか向いていないかがある」
難しいが分かる気もする。 例えばエルは魔法が攻撃に使えないということもあるが、それを使えたとしても戦闘が出来るとは思えない。
レイも諸々の性能だけで言えばロトよりも上だと思えるが、ロトより戦力として劣っている。
リアナにしても、実力よりも実際の戦闘能力が高い。
「……アキさんは優しいひとですから」
リアナの胸元を隠すように上着を掛けさせていたエルが呟く。
「戦いに向いていないなんて、普段の様子を見たら丸わかりじゃないですか」
「そうか? 普段は堂々としていて、はっきりと動いているが」
「べたべたに甘えてきますよ。 ……もうアキさんは戦ったりはしないので、関係ないです」
べたべたに甘えるというエルの言葉を聞き、リアナは冷たい目を俺に向ける。
「お前……いや、好き合っているのは知っていたが、お前が甘えるのか」
「ほっとけ」
「まぁ、とやかくは言わないが……どういうことをするんだ? 嬉しいのか?」
「言ってるじゃねえか」
ヤケに興味を示しているリアナを部屋から追い出そうとしながら、星矢をどうするべきか考える。
エルが止める以上、力づくで取り返すことは難しいだろう。 あの勇者にしても人質を取られて戦っていたのだろうから、悪いことをした。 殺さなければ殺されていたので仕方ないが、怪我さえなければ、先に手だけ切り落として止血すれば充分助けられただろう。
「リアナ、強い奴のことはよく知っているよな?」
「人よりかは詳しいと思うが……どうかしたか」
「人手が欲しい」
「……そんなことをするよりかは、アキレアが戦った方が早いだろ。 その雇った人間が負けそうになっていて、手を出さずにいれるのか? 結局は戦うことになるだけだ」
そう言ってからリアナは出て行き、俺は溜息を吐き出した。
否定のしようもない。
月城には悪いがしばらくは諦めてもらうか。 ベッド横に置かれた机から、エルが運ばれてきた飯をスプーンで掬い、俺の口元に寄せる。 口を開け、スプーンが口に入り、閉じる。
幾度か咀嚼してから飲み込み、エルに頭を撫でられる。
「……やはり、これはおかしくないか?」
「おかしくないですよ。 文化の違いですかね」
「そういう問題だろうか」
上機嫌そうに俺の口に食事を運びながら、鼻歌まで歌い始める。
世話焼きというわけでもないだろう。 ある種の束縛なのかもしれないが、エルがそういうことが好きな以上は仕方ないと思うしかない。
鎖に縛られて繋がれる可能性もあると思えば可愛いものだ。
「何を考えているんですか?」
「……可愛いな、と」
嘘は言っていない。
これからどうするべきだろうか、家から出ることが制限されているどころか、しばらくは脚も動かないだろう。
以前の癖を思い出して魔法の練習をしそうになり、止める。 ここ一年していなかったのに、どうして思い出したのだろうか。
魔法はもういい。 他の人の魔法と強制的に混ぜることでシールドにしてしまうという技も得たことで、シールドに変化しやすい魔力の性質にも価値が出てきた。
おそらく何も出来ないことが不安なだけだろう、情けない。
戦うことぐらいしか出来ないのに戦えないなど、間抜けにもほどがある。
そんな思考がエルの手にやって止められる。 小さな腕が俺の頭に回されて、撫でられながら抱き締められる。
「大丈夫ですよ。 相手も理性的なので、相手に有利な状況でしか攻めてきません。 名ばかりと言っても貴族のこの家を攻めてきたら、それこそ対国になるのでありえません」
「ああ。 だが、認識の出来ない能力などは……」
「あの能力は、ひとりなら強いですけど、味方がいる時点でそう厄介なものでもありません。 下手したら味方を巻き込むだけですし、味方とコンタクト取るだけで場所がバレるリスクが発生しますから」
「突然やってきて殺される可能性は?」
「指示する人がいますから。 失敗したら、それこそ全面的に争うことになります。
それはこちらの立場が立場な以上、相手にとって確実な敗北です。 街中で小競り合いは出来ても、この屋敷にまでくることはありえません。自滅になります。 あっちは僕たちを殺すことが目的ではないでしょうから」
……目的か。 そもそもの目的は、おそらく尾喰に宿る神が降りてくることだろう。
それはエルを狙う理由にはならず、実際にわざわざエルを狙う様子もない。 おそらく能力を集めているのだろうが……女神以外の髪が一人なのかも分からず、行動が読みにくい。
「ん、僕……少し出ますね」
「何故だ」
「ちょっと……お手洗いにです」
付いていこうとしたけれど脚が動かず、エルも強く嫌がったので這いずって移動するのは諦める。
エルがいない間、今屋敷にいる大山から借りた勇争記録を手に取り、知り合いのページを見ていく。 まぁ、ズレも大きいのであまり参考にはならないが。
エルのページを見て、【雨夜 美佳】という表記が変わっていないことが気になり、近くのペンを使って斜線を引き、【エル=エンブルク】と書き直す。
満足げに眺めると、そのインクが消えて雨夜 美佳に戻る。 苛立ちを覚えながらエル=エンブルクに書き直し、またインクが消える。
不快だがそういう機能があるのなら仕方ないかと思ったが、よく見れば他のページには大山の注釈やメモが書かれていて、ここだけ不自然だ。
何度もエル=エンブルクと書き直していると【ミカ=エンブルク】と若干の妥協が見られ始めるが、エルという名前も妥協出来るものではないのだ。
しばらく続けているとエルが戻ってきて、俺を冷たい目で見る。
「何してるんですか?」
「いや、名前の表記が気に入らなくてな」
「表記……って雨夜 美佳(エル=エンブルク)になってますね。 ……あれ? ……これ、変えれるんですか?」
「何度か書き直していたら変わったな」
エルは目を丸くして、俺を見る。
「この発想はなかったです。 ……というか、なんで思いつかなかったんでしょうか」
「何がだ?」
「この本を通して、文通が出来るかもしれません、女神様と」
エルはくりくりとした目を俺に向けながら「大山さんを呼んできます」と廊下に出て行った。




