家造り日記④
俺の身体にしがみつきながら寝ているエルを引っぺがして布団を掛ける。 一応起きても不安にならないように書き置きを残してから、音を立てないように廊下を歩き、スコップを手にしてから外に出る。
案の定、かなり潰れてしまっているが、土の量が増えたわけではないので、横に寄せれば良いだけで昼よりも随分マシだ。 エルもいないから、多少雑にしてもいい。
どんどんと土を動かしていく。 水を吸っていて重いが体力はあるので問題ない。 月明かりを頼りに身体を動かしていると、土を踏む足音が聞こえ、手を止める。
「……ああ、月城か」
「分かりやすくがっかりしないでよ……」
止めていた作業を再開しなおしていると、月城が何かを投げたのでそれを受け取る。 見てみると何か甘そうな匂いのする菓子らしく、月城に投げ返す。
「いらない」
「えっ、エルちゃんが、アキくんがこれ好きって言ってたけど」
「……エルが好きだから、よく買っていた。 だからエルも勘違いしてしまったんだろ」
甘いのもそれほど好きではなく、特に使っている香辛料の独特な匂いが苦手だ。
「ああ、なるほど。 エルちゃんも苦手って言ってたよ」
「……は?」
「アキくんがこれ好きだから、よく一緒に買いにいくって」
……つまり、俺はエルが好きだと思っていたからよく買いに行き、そのせいでエルも俺が好きだと勘違いしてよく買いに行き、俺もエルがよく買おうとしていたから勘違いして……と、どちらが始めかは分からないが、お互いに苦手なのにひたすら食べていたのか。
包み紙を開けている月城の元にいき、手を伸ばす。
「苦手なんじゃないの?」
「……今、好きになった」
月城から受け取って、菓子を齧る。 独特な匂いが口の中に広がり、多少不快な感覚が喉奥に抜けていく。
「美味しい?」
「……不味い」
答えたら月城が手を伸ばして欲しがるが、俺はそれを無視して口に運んでいく。
「それで、どうしたんだ。 こんな時間に」
「いや、最近昼間は騒がしいから、夜に起きて昼に寝てって風にしてるの。 ほら、集中してないといいのが出来ないから」
「……悪いな」
「いやいや、私も置いてもらってる立場だしね。 手伝ったり出来なくてごめんね」
「力仕事をさせるわけにもいかないからな。 ああ、エルの服の出来は良かった。 エルも喜んでいたな」
適当に礼を言ってから咀嚼して飲み込む。
「そう言えば、月城の月は、そっちの意味では空の月のことらしいな」
「なんかすごく不思議に聞こえる言葉だね。 城はお城のことだから、まさに今のこの場所って感じだよ」
「城というには、あまりにこじんまりとしているがな」
気の利いた話などせず、友人というより遠いけれど、知り合いというには近い不慣れな関係だ。
少ししてから、月城が小さく口を開く。
「……こうして見ると、案外普通だね、アキくん」
「何がだ」
「いやさ、もっとエルエル言ってるエルエル星人なイメージだったから。 夕方も、お風呂場の近くで離れてたからってイライラしてたよね」
「……そうだな。不思議と今はそこまで我慢出来ないわけじゃない」
菓子を食べ終わり、不快な匂いが口の中に残るが、唾液で喉奥に流し込んで、スコップを動かす。
時々エルの肌着を懐から取り出して匂いを嗅いでからまた再開する。
「なんていうかさ、幼稚園児みたいだね。 親と会える時は離れられるけど、会えない状況だと急に不安になるのって」
「幼稚園児?」
「ちっちゃな子供ってこと……ああっ! そっか、アキくんは子供なんだ! うわ、すっごい頭の中がスッキリしたー!」
突然声を大きくした月城に驚きながら、その顔を見る。
「子供だよ、アキくんの行動! 丁度幼稚園に入る頃の!」
「何を言っているのかはよく分からないが、大声で馬鹿にされていることは分かるぞ」
一通り張り直したあと、端の辺りを雨で流されたように崩して、俺が夜の間にしていたことをバレないように細工しておく。
「エルたんがお母さんか……。 なんかエッチいね」
「子供じゃないからな」
「いや、アキくんは完全に子供だよ。 それを証拠に、エルたんに頭撫でてもらいたいでしょ?」
まぁ、撫でてもらうとすごく幸せな気分になれるので撫でてもらいたい。
「エルたんのおっぱいに吸い付きたいでしょ?」
「それは性欲であって、子供かどうかは関係ない」
「ほら、子供じゃん」
「話を聞けよ」
作業を終えたのでスコップを元の場所に戻してから、月城と共に屋敷に戻る。
「もう寝るの?」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ。 頑張ってね」
部屋に戻り、一応残していた置き手紙を丸めて捨ててからエルの寝ているベッドに潜り込む。 一日中肉体労働をしていた疲れが吹き出してくるように身体から力が抜け、エルを抱きしめて目を閉じる。
不意に月城の言葉を思い出し、試しに子供が甘えるようにエルの胸元に顔を近づけてみる。 安心する匂いと、暖かさ、生きている証左の鼓動、どれもが俺を安心させる要因で……抵抗する間も無く眠りに落とされた。
◇◆◇◆◇◆◇
寒気がするのに暑い。 不思議な感覚に浮かされていると、目元の痒みと鼻水が出てくることに気がつく。 若干息苦しく、喉が痛い。
「んぅ、アキさん、おはよーございます」
「あぁ、おはよゔっ」
喉に痛みが走り、声が震える。 それに気が付いたらしいエルが俺の上に跨り、顔を見つめ合わせる。 そのあと手で俺の額を触り、不安そうに尋ねる。
「あの、しんどかったりしませんか?」
「……鼻水が出て、喉が痛い。 あと、何か動きにくい」
「……風邪……ですね」
「…………そうだな」
典型的な、風邪の症状である。 というか、俺って風邪を引く生き物だったのか、と当たり前のことを不思議に感じる。
「……大丈夫……じゃ、なさそうですね。 ……えと、えと……えっと……あの、何をしたら……あれ、地球の風邪の対処で大丈夫ですか? あ、魔法使って熱を下げたり炎症直せば楽になりますか、嫌でも熱下げたりしたらウィルスの繁殖が……!? ど、どどどどうしたら!?」
「落ち着け……。 身の回りの世話はいらない。 確か移るのだろ、風邪は」
ベッドから出て、部屋の外に出ようとするとエルに手を持たれて引き止められる。
「どうしたんですか……?」
「エルに風邪を移すわけにはいかない。 奥の森で治るまで暮らす」
「お、落ち着いてください! そんなのしたら治りませんよ! 普通にベッドで寝ないと。 あ、ご飯も食べて……暖めて、しないと」
「止めないでくれ。 移すわけには……」
出て行こうとする俺と引き止めるエルが扉の前で動いていると、にゃん太を引き連れた月城が不思議そうに歩いてくる。
「おはよ、どうしたの?」
「アキさんがっ、出て行こうとっ!」
「夫婦喧嘩? 引き止め方アクティブだね」
「違いますっ! 風邪を移さないようにって……!」
完全に後ろから抱き締められているので、歩けば引きずることになるし、手を外そうとするとエルが痛がる、どうしようもない拘束に困っていると、月城は眠そうにしながら口を開ける。
「……よくわからないけど、アキくんって風邪引くタイプの生物だったんだね」
「ああ、引くらしい」
「魔法的な呪いとかじゃないの? あるのか知らないけど」
「そういうものがあるのかは知らないが、魔法ではないな」
「じゃあ風邪か……。 風邪なら、安静にしてなよ、いちゃいちゃせずに」
いちゃいちゃはしていない。 エルの身体を引き離そうとしていると、月城が当然のように言う。
「というか、潜伏期間の間にキスとかしてたら、もう移ってるんじゃない? そうでなくても四六時中べったりだし」
「……潜伏期間?」
「ウィルスが身体の中にいるけど発症してない時のこと。 いることにはいるから移るよ。 くしゃみとか咳をしないから、感染しにくいけど」
「よく分からないが……エルはもう風邪なのか?」
「発症するかは分からないけど、キスしてたら間違いなく移ってることは移ってるだろうね」
……昨日の朝と昼と夕と夜と夜と夜と夜にしている。後、夜にもしたな。
キスで移るのか。 その潜伏期間というのがどれぐらいなのかは分からないが、すでに移っている可能性は高そうだ。
「すまない、エル……」
「あの、ちゅーしたことがばれてるんですけど」
「あ、でも、唾液が付かないような唇がちょっと触れるぐらいなら大丈夫なのかな」
「すまない、エル……」
「わざとですか? 恥ずかしすぎてそろそろ泣きますよ、僕」
からからと笑っている月城にエルごと部屋に押し返されて、後で朝ごはんを持っていくと言われる。
耳を赤くしているエルは俺に寝ているように言ってから、立ち上がって部屋の外に出ようとする。
「……どうした?」
「んぅ、一応、今日は作業出来ないことを伝えないとって、思いまして」
「月城がしてくれるだろう。 ……エルも風邪を引くかもしれないなら、休んでいた方がいい」
「いえ、看病します。 僕も風邪を引くとは限らないですし、アキさんのお世話なんて、こんな時でもないと出来ないですから」
少し落ち着いたらしいエルは、俺の頭を手で撫でながら微笑みかける。
……月城が夜に言っていたこと、正しいのかもしれない。




