父親の友人
男泣きというには女々しく泣いたグラウは一つ辛そうに笑った。
「格好悪い」
「情けないって、言われなかったなら、充分だ」
グラウはそういうが、違いは分からない。
泣き、笑ったグラウを見ないようにと煽った酒が身体に回ってきたような感覚がする。
まだ、酔ってはいないが。
「それで、お前は家から出てきたってことか。 なんで素直に出たんだ?」
「そういえば、その話だったか」
酒だけだと悪酔いしそうだと、ツマミにはちょうどいいサイズの肉を焼いた料理を一口だけ口に運び咀嚼する。
「弟は父母に似て優秀だ。 不審な病死扱いにはなるせいで疑われるかもしれないが、すぐに死んだってことも受け入れられるだろう。
弟さえいたらどうにでもなるのだから、邪魔な長男は消えるのが都合がいいだろう」
「それは、お前の理屈じゃなくてヴァイスの理屈だろうが」
グラウは毛布を外して涙で腫れて真っ赤にしているその眼を俺に向ける。
「俺はアキレア、お前の言葉を聞きたいんだ」
グラウの口調は無駄に優しく、気分が悪い。
「これ以上、魔法の練習は無理だった」
結局、俺は逃げたかっただけなのだ。 そんなことは分かりきっている。
無性にエルの顔を見たくなりながら、グラスに注がれていた酒をすべて飲み干す。
「そうか。 大変だったな。
近くにいてやれなくて悪かった」
「お前は……ただの他人だろうが」
それだけ言って、グラウの眼から逃げるように顔を伏せる。
「お前からしたら俺は他人かもしれないが、俺からしたらお前は他人とは言い難いもんだ。
諦めて父親だと思って甘えてみろよ」
「うるせえよ。 元々、父親に甘えたことはない」
「じゃあ母親でいいよ」
「母親にもねえよ。 こんな毛むくじゃらの母親とか嫌だ」
俺が甘えるのは……エルぐらいのものだ。
なんかずっと気分の悪いこと続きでしんどくなってきた。 エルに頭を撫でてもらいたい。
毛布をスカートに見立てて「うふん」と言って自分で大笑いしているグラウを見て馬鹿馬鹿しくなってくる。
「まぁ、腐ってもないようだし。 そんなに気を使う必要もないか。
それでも、同じ戦士として教えられることもあるだろう」
「戦士……。 いや、いい。 自分でどうにでもする」
教えられるまでもないとも、グラウが弱いとも思えないが、エルとの旅を続けるためには修行なんてしている場合ではではない。
よく知らないが、剣の修行は何年もかかるのだから、それほどゆっくりしている訳にはいかない。
「遠慮するなって、こう見えても俺はな……昔は木剣とか呼ばれてた猛者なんだぜ」
「すげえ弱そうじゃねえか」
木剣という渾名を自慢したグラウは近くにいたウエイトレスに頼み追加注文する。
「そのエルって勇者。 アキレア、お前は守りたいと言っていたが、守れるのか?」
ヘラヘラと笑っていた顔はなくなり、脅すような声色でグラウは言う。
「いや、お節介だろうが。 そのお節介は欲しいだろ。
高みへと朽ちていないお前は守れるだけの力は持っていない」
「俺だけでは、無理だとしても」
そう言ってから、ウエイトレスが運んできた酒を一気に煽る。
「人に任せるのか。 惚れた女を」
「惚れてねえよ。 尊敬しているだけだ」
すぐに言い返す。
「何にせよ……だ。 そりゃ信用出来ない奴に任せるのは不安が残るが、どうせ旅をするなら仲間は必要だ」
魔力を感じさせない筋肉質な腕を伸ばし、空を強く握る。
「いらねえよ。 人は一人でも生きていける。
技があれば、魔物の群れなんぞ相手にならない。 人の悪意なんて切り捨てられる」
「そんなわけ……」
ないと言い捨てることは出来ない。
俺にとっては、それが「理想」だ。
エルを守りたい。 それには魔物が一番怖いが、二番目には人間だ。
悪意を持つ人間はいる、俺も悪意を向けることがある。
人間を仲間に引き入れることは、危険を減らすが、同時に危険を増やしてもいる。 出来ることならば、俺一人でエルを守れるのが、理想だ。
「三日だ。 三日あれば、俺の奥義をお前に教えることが出来る」
「三日……か」
一瞬の思考。
小さく頷き、グラウの目を見る。
「出来るんだな」
「出来る。 俺の奥義は簡単だ。 そして圧倒的だ。
アキレアに、教えてやる。 俺の編み出した奥義【高みへと朽ちゆく刃】をな」
エルは俺が守る。 俺だけが守れる。
酒臭くなった息を吐きながら、俺はグラウの教えを受けることを承諾した。
ーー第二章:高みへと朽ちゆく刃。ーー
奥義を教えてもらうことになり、親交を深めるためというわけではないが、グラウに勧められて何杯もキツイ酒を飲みながら、修行を行う場所などを決めていく。
待ち合わせは明日の昼に時計塔の下でと決めてから、支払いはグラウに任せて、俺はエルの待つ宿に戻ることにする。
フラフラと千鳥足になる足を無理に動かして、宿に到着し、エルが寝ているであろう部屋に戻る。
「エルぅの寝顔ー」
グラウの初老の顔を見ていたからか、エルの可愛い顔が見たくて仕方なかった。
エルの寝ているベッドの横まできて、エルの顔を覗き込む。
いつものしっかりと閉じている口はほんの少し開いていて、澄ました顔は幸せそうに緩んでいて、起きている時とは違う魅力がそこにある。
「ほっぺたぷにぷにしてえ……よし、するか」
善は急げ、思い立ったが吉日。 そんな言葉が俺の後押しをしてくれる。
俺の指が、エルの玉のようなもち肌に触れ、少し触り回したあと押してみる。
「柔らかい、な。 流石エルだ」
ただ可愛いだけではなく、ほっぺたがぷにぷにとは……。 もう一度触ろうとすると、エルの唇が目に入る。
艶やかで可愛らしい唇だ。 舐めたい。
だが、寝込みを襲うような真似はいけない。 また明日にでも頼んでみよう。
ああ、もう眠いし、早く寝るか……。
エルの高く小さい叫び声と、背中の痛みで目が覚める。
「えっ、あっ、なん、なんでアキさんが僕のベッドで!?」
小鳥のさえずりが耳に入りこむ。 エルの甘い匂いが身体中からして幸せな気分になる。
まだ口から酒の匂いがすることに気がつく。 まだほんの少し、酔いが残っているのか。
エルが驚いているのを見て、昨日エルに狼藉を働いてから、そのままエルの寝ていたベッドで寝てしまったことを思い出す。
「あっ、と。 悪い、寝ぼけてたせいで、間違えて入ってしまったみたいだ」
謝るべきだとは分かっているが、口から出たのは嘘だった。
「間違えですか……。 んぅ、今回は仕方ないですけど、本当に気を付けてください。 びっくりしました、怖いですから」
「悪い。 次からはないようにする」
頭を下げて、立ち上がる。 エルはいつものように一瞬だけ体を光らせて浄化をする。
いつもなら俺もついでに浄化をしてもらうが、今日はなんとなくして欲しくなかったので断る。
そういえば、昨日頼もうと思っていたことを思い出すが、首を振ってその考えを否定する。 舐めたいなんて思っていない。
「あれ、アキさん、お酒飲んでます?」
「ああ……色々あって、無理矢理飲まされた」
父親関連のことは抜かしてグラウのことを説明する。
「アキさんが、勝てないような人ですか……」
「ああ、どうにもならなかった。
ちょっとした理由があって、俺のことを気に入ったらしくて教えてくれるって話だから、少しだけ学ぼうと思う。 我流では限界があるから」
「僕は、どうしたらいいですか?」
「近くにいてくれたら安心出来る」
少し微笑みながらエルが頷く。
不安なのは金銭の問題だが、おそらく問題はないだろう。
明日から朝早くに魔物を狩りにいけば、この街はたくさん魔物が襲いかかってきているので簡単に狩れて、それでお金が手に入って生活も安定しそうだ。




