家造り日記③
雨が降ってしまった。 丁度掘り終えたところで雨が降り出し、抵抗する間もなく掘った部分が水に流されてきた土に埋められていく。
上手くいかないときは上手くいかないものだな。 などと思いながら溜息を吐いていると、エルが必死に止めようとしはじめたので、手で制して荷物とエルだけ持って中に入る。
「アキさん! あれ、なんとかして止めないと、やり直しにっ」
「どうしようもない。 手で止めれるようなものでもなければ、魔法もそこまで持続するものは使えないからな」
「でも、あんなに頑張ったのに……一日して、やっとだったのに……」
「運良く流れないかもしれないだろ。 とりあえず、濡れた身体を温めないとな」
濡れて身体に張り付いてしまっていることで、エルの身体の線が見えてしまって目に毒だ。 意気消沈してしまっているエルの頭を撫でて、濡れてしまった髪をくしゃくしゃと乱れさせる。
「やっぱり……」
「風邪を引くぞ。 ……風呂に入……と、先に入っている奴がいるのか」
エルを風呂に入れようかと思ったが、風呂の近くにきたら少し水音がしていて、先客がいるようなので諦める。
どうにも人が多いせいか、最近はこういったことが増えた。 急いで部屋に入り、エルに着替えるように言ってから外に出る。
「あの、アキさんが先に着替えた方が……怪我、治りきっていませんし」
「身体が小さい方が冷えるだろう。 嫌がるなら、着替えさせるが」
「……自分で着替えます。 覗かないでくださいよ」
「善処する」
「……怒りますよ」
「悪い」
スルスルと衣擦れの音が扉越しに聞こえ、身体を拭いているおとが聞こえた。 小さなくしゃみの音がしてからまた衣擦れの音が返ってくる。
「お待たせしました。 ……寒いです」
「俺も着替えるが、出てこなくていい」
「アキさんの着替え見えてしまいますし……」
「今更だろう。 身体が冷えないように布団でも被っておけ」
「今更じゃないです……」
チラチラと気まずそうにこちらを見てくるエルの横で、下着以外を脱いでから着直す。 少し顔の赤いエルの横に座って、窓の外の様子を見る。
「結構雨酷いな」
「そうですね……せっかく頑張ったのに……」
頭の上にタオルを乗せながら、エルは溜息を吐く。 雨のせいで土が流れてしまうことを心配しているのだろう。
小さい身体で必死に頑張っていたことを思うと、見ていた俺も残念だが、下手にそのまま動いて身体を冷やしたら風邪を引くかもしれない。
今は星矢に神聖浄化を奪われてしまったので、病気の元は消せない。 治癒魔法も十分には使えないこともあり、引いてしまえば普通に治すしかないだろう。
「地道にやっていこう」
「……分かってます」
珍しく拗ねた様子が可愛らしく、小さな身体を丸めているところを横から引き寄せて抱き締める。
「……そんなことされても、機嫌が直ったりしませんよ」
「いや、抱き締めたいから抱き締めただけだ」
耳を赤くしたエルは恥ずかしそうにしたまま、それでも抵抗することはなくされるがままに抱き締められる。 少し雨の匂いが混じってしまっているが、運動して汗をかいたせいかエルの匂いが強く、幸せを感じる。
「……匂わないでください」
「ああ匂いだからいいだろ」
「汗の匂いがいい匂いなわけないですっ!」
「いや、実際すごくいい匂いがする。 匂ってみたらどうだ」
エルは不思議そうに自分が着ていた服の襟を持ってくんくんと匂い顔を顰める。
「汗臭いです」
「そうか? いい匂いだと思うが」
「……そういえば、昔、相性がいい人が相手だと体臭が良い匂いに感じられるって聞いたことがあります」
適当に聞き流しながら、エルを後ろから抱きしめて色々なところの匂いを嗅いでみる。
やはり良い匂いだ。 相性がいいというのは、どちらでもいいことだが、このいい匂いは好きだ、嗅いでいたい。
「……あの、そろそろやめてもらえませんか?」
「あと少し……キスしてやるから」
「アキさんが得ばっかりですっ……。 お風呂、そろそろ空いたかもですし」
「ああ、そうだな。 ……なぁ、エル」
「一緒には入りませんからね」
先に釘を刺されて、仕方なく諦める。 エルの着替えを用意してから、廊下に出て風呂場に向かうと、アリアが湯上がりの下着のような薄着でウロウロと動いていた。
「あれ、旦那さん。 どうしたの?」
「雨に濡れた身体を温めにきたんだよ」
「ああ、そう。 あ、私が入ってたからか、ごめんごめん」
「……いや。いちいち許可を得る訳にもいかないから仕方ない」
本当は苛立っているが、流石に斬る訳にもいかない。 敵ではなく味方だと自分に言い聞かせて納得する。
そのまま去ろうととしたアリアを引き止めて、胸元を指差す。
「どうでもいいが、なんで胸のところに金を入れてるんだ?」
びくり、とアリアの肩が震えてから、観念したように肩を落とす。
「じっくり見ても分からないと思ったんだけど……」
「歩き方がいつもと違っていたから、何かを隠していることが分かった。 風呂上がりなのに錆びた金属の匂いがして、隠せそうな場所はそこぐらいだと思ったからな」
「……歩き方? まぁ、いいや。 ほら、これ」
そう言って取り出したのは古い小銭で、少なくともこの家にあったものではなさそうだ。
「……外に出るつもり、だったんですか? お金が必要なの、それぐらいですから」
「ううん、手元にちょっとでもお金がないと不安なだけ。 流石に危ないところに行ったりはしないよ、下着だしね」
「ちゃんと着てください。 男の人もいるんですから」
「はいはい。 任しといて、服を着ることに関してはプロ級だからね」
服を着るプロってなんだ? 気になったが突っ込むことはせずに風呂場にきて、中に誰もいないことを確認してから、自分は脱衣所の外に出る。
「お先にお湯いただきますね。 ……広すぎて落ち着かないです」
「ゆっくり入ればいいからな」
脱衣所の前に立って、エルが出てくるのを待つ。 こう、離れてしまうと急に不安が現れはじめる。
ゾワリと背筋を撫でるような感覚。 自分自身が奪われていくような、うすら寒い感覚が走り、思わず中に入りそうになったが、脱衣所でエルの服の匂いを嗅ぐだけで満足し、一枚持っていったらバレてしまいそうだと溜息を吐き出してから廊下に戻る。
ああ、エルに会いたい。 何分我慢したのだろう。
前にこんなに離れたのは、人質の救出をしにいったときぐらいか。 最近はトイレ以外は一緒にいて、風呂は浄化の魔法で対応していた。
苛立ちが足に表れて、ガタガタと動き始める。 何分経っただろうか、エルは風呂にどれぐらい時間をかけただろうか。
怒られても一緒に入るように押した方が良かった。 自分がこれほど、エルと離れることを嫌がるとは思っていなかった。 せいぜい一時間は保たないぐらいかと思っていたが、五分も辛い。
前離れて大丈夫だったのは、戦闘に頭を切り替えていたからか。 いや、それとも会おうと思えば会える現状が余計に誘うのかもしれない。
「ああ、エル……」
靴下ぐらいは取ってもバレないだろうか。 こんなことになるのであれば、先に雨に濡れてしまった服を持ってきておくべきだった。今から取りにいくのは、エルの魅力に抗えなくなってしまった奴が出ないか不安だ、それに途中でエルが出てきたら一緒にいれる時間が減る。
最悪の妥協案として、自分に付着したエルの残り香を嗅いで我慢する。
「……何してるんですか?」
「エルの残り香を嗅いでいる……っ! エル!?」
「アキさんが呼んだから、急いで出てきたんですけど、どうかしましたか?」
湯上がりというよりか、ほとんど湯を浴びて身体を洗っただけのようだけれど、少しだけ顔が赤くなっていて色っぽい。
一応小さく口に出したが……よく聞こえたものである。
「……抱きしめていいか?」
「ここでは、やめてください」
「少しだけでいいから」
「……んぅ」
キョロキョロと周りを見渡したあと、顔を赤くして俺の腕に身を任せる。
「最近ずっと、顔赤くなってる気がします」
「すました顔も可愛いが、赤くなっているのも、可愛い」
「アキさんの、ばか」
ああ、落ち着く。 このまま時が止まってしまえばいいのに、そう思っていると、胸の奥に妙な感覚が生まれたように感じ、それがすぐに霧散される。
「どうかしました?」
「いや、何もない」
嫌な感覚ではなかったので、大丈夫だろう。




