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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第十二章:強くなりたい≒弱くなりたい
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先を語らぬ予言書③

 大山の能力は非常に優秀である。 現状では大まかにしか分からないとはいえ、勇者と相対するうえで最も警戒すべき能力が分かるというのはありがたい。 まぁ……それも移譲やらを含めるとどれほど信用がおけるかは不明だけど。


「……とりあえず、現状ではその尾喰さんの組織? はあまり規模は大きくないんですね」

「そうだな。 尾喰の作った勇者の連合はあくまでも人質を取って従わせるという方式だから、あまり巨大化は出来ないのだろうな。 全員把握出来ているわけではないが、だいたいの従わされている勇者は旦那よりかは弱そうだな」

「そりゃそうでしょ。 こんなのがいっぱいいたら困るよ」

「気をつける必要があるのは尾喰ぐらいだ。 魔法も運動も大して得意じゃないようだが、とにかく所持している能力が多い。 特に気をつける必要があるのは、人に能力を与える能力「王と讃えよ」だな」


 能力を与える能力。 移譲があるので、使い道がないように思うが、どういうことだろうか。


「ああ、違いが二つあって、渡した能力が変質しない、それに、渡した能力はいつでも回収が出来る。 まぁつまり、あいつの部下の能力が全部使えるわけだ」


 訳の分からない能力が大量にあるというのは確かに脅威である。 魔力も感じなければ必要な動作も不明なそれは厄介というか、得体の知れなさが恐ろしい。


「……勇者の能力ってそんなに強いんですか?」

「あ、そか。 エルたんの能力って、掃除機代わりと幼児プレイ用と知らんぷり用だもんね」

「よ、幼児プレイなんてしません!」

「してたよ! ばっちりしてたよ!」


 軽く頰をかいてから、エルから目を逸らす。


「……こいつらは放っておいて、どういう作戦なら有効なんだ。 人質を取られたことがないから分からないんだが」

「一番被害が少ないのは人質を救い出すことだな。 他の勇者とは戦わずに済む」

「暗殺は?」

「防御に優れた能力を多数持っているからな。 完全な暗殺は難しい」


 能力による防御か……。 剣だけでどうにか出来るとは限らないな。

 大山がどれほど信用できるかは分からないが、どうにも嘘を言っているようには思えない。


「……人質を解放されるのは警戒しているだろう。 そんな簡単に侵入出来るのか?」

「普通には難しいが、通気孔があるからそこから侵入は出来るな」

「通気孔って……狭いだろ」

「そっちの嬢ちゃんぐらいの大きさだったら十分通れるな」

「……魔力で気が付かれるだろう」

「闇属性魔法で隠蔽したらいい」

「危険だからダメだ。 そのルートで行きたいなら、お前が手足切り落として行け。 魔法で移動して、その場で治療したら出来るだろ」


 それだけ言って追い出そうとしたところで、エルに止められる。


「神祈月の流転……で、子供化させて行くんですね。 それなら同じ方法で脱出も出来ますから」

「そういうことだ。 ……直接戦闘を避けられる上に他の勇者にも恩を売れるからな。 結局は尾喰とは戦闘を避けられないが、成功すれば随分と楽になるはずだ」

「……次の雨天に決行する。 潜入可能な道筋と脱出可能な道筋を一通り調べ直しておけ」

「任しておけ、旦那。 ……まぁ、俺とロムはあまり戦力としては期待するなよ?」


 出て行こうとした大山が立ち止まる。


「あ、貸してくれる家ってどこ?」

「……面倒くさいから自分で探してくれ」

「無茶言うなよ」

「俺はそろそろエルと二人きりになりたいから、案内したくない」

「変なこと言わないでください! ……普通に案内しますね。 ほら、アキさんも立って」


 エルに促されて立ち上がり、面倒なことになったと溜息を吐く。

 机の上の茶や菓子の片付けは月城とケトに任せてから、屋敷の外に出る。 ……結構遠いんだよな。 買った家まで。


 交流を深めるなどをしたらいいのかもしれないが、さっき追い出そうとしたこともあり、少し気まずい。

 エルも俺にはとやかく言うけれど、知らない人……特に大山のようにガタイのいい男には苦手意識があるため、俺の背に隠れるようにして歩いている。


「……大山とロムは、女神の意思を確かめるつもりなんだよな」

「まぁ、とりあえずはそれを目的にして動いてるな」

「確かめた後はどうするつもりなんだ?」

「まぁ、目的によるよな。 ……わざわざこんだけ手間の掛かることをしてんだから、他にも神がいるんだろう。 どちらに付くかは知った後で決める」


 ……不遜なやつだ。 俺は信仰などしていないうえに、この国で多少信じられている教えと大分違うので忌避感はあまりないが、立ち向かうことを前提としては考えられない。

 俺が臆病なのもあるだろうが。


「……俺は、あまり関わりたくはない」


 不思議そうな表情を俺に向ける大山に鍵を手渡し、家を指差す。

 場所を伝えて好きに使えと言ってから、エルの手を引いてその場を離れる。


「んぅ、アキさんは、もうちょっと愛想よくした方がいいと思います。 せっかく、優しいのに、誤解されます」

「ああ、悪い。 少し気が立っていた」

「……じゃあ、帰りましょうか」


 小さな手に引かれて夕暮れ時の街を歩く、安い屋台が立ち並んでいるのを見て少しだけ懐かしい気持ちに浸っていると、世話になった酒場が目に入った。


 エルもいるし、今は時間帯としてガラの悪い連中もいるので避けた方がいいだろう。

 パタパタと動いていたエルの脚も疲れてきたのか少しずつゆっくりになっていく。 エルは自分で治癒魔法を使って治すが、歩幅は治す前と変わらずゆっくりとしたものだ。


「どうしたんですか?」

「ああ……いや、なんでもない」


 言うべきことではないとそのまま歩いていると、繋いでいたエルの手が離される。

 エルの方を向くと、彼女は俺を真っ直ぐに見上げていた。


「……教えてください」


 譲る気のない表情。 仕方ないとエルの手を取ってからまた歩く。


「エルが大山と同じで勇争記録の中で違うという話だっただろ」

「はい。 それがどうかしたんですか?」

「……昔の勇者。 雨夜樹は本来絶対に帰るはずだったのに帰らなかった。 日本では行方不明扱い。 雨夜樹がルールから外れたのは、雨夜樹がこの世界に居続けたら、瘴気の問題を解決出来ないから匙を投げて無理矢理続行したからだろう」

「……そうですね」


 人気のない道まできて、エルの身体を引き寄せる。

 不快に思ってしまうのは、彼女が哀れだからだろうか。


「エルは……雨夜樹が日本にいれば「帰りたくない」などと思わなかったのかもしれない。

……本来、存在しないはずの勇者だ」


 神に人生を弄られた。 偶々そうなった、ではないだろう。

 勇争記録のような確かな予言を行うことが出来ているのに、雨夜樹を帰らなくて済むようにするなどあり得ない。 間違いなく神の手引きがあったはずである。


 俯く彼女が可哀想で、抱きしめたいという衝動に駆られる。


「エルを不幸な目に遭わせた女神を恨むべきなのかもしれない。 それでも……合わせてくれた女神に感謝してしまっている」

「……僕は今、幸せです。 アキさんと一緒にいれて。 それでいいじゃないですか」


 いひひ、と笑いながら俺の手をぎゅっと握りしめる。 いつも彼女は気丈に振る舞い、弱さを見せるのは限界を迎えてからだ。

 いつか壊れてしまう。 小さな身体、幼い姿、それにどれだけの不運を積み重ねてきたのか。


 強がる健気な姿に、胸を締め付けられるような感覚がする。


「僕はアキさんが好き。 それで十分なんです。

……雨夜樹さんが本当にいても、僕の血縁のお母さんも、お父さんも、おばあちゃんも死んじゃうことには変わりません。 ……お母さんも、雨夜樹さんがいたら、無条件で愛してくれるなんてことはなかっただろうし、今はアキさんが僕のことを好きでいてくれる。

多分、ほとんど記憶にない幼少期と同じぐらい、幸せな日々なんだと思います」


 強がりなのは分かるけれど。 なんて声を掛けたらいいのか分からない。 どうしたらいいのか、彼女はどうしたら救われるのか。


「悲しそうな顔を、しないでください」

「……悪い」

「好きだって、言ってください。 僕はアキさんがいてくれたら、それで幸せなんです」


 縋るような目だ。 内情が分かっているから、その瞳がどれほど醜いものであるのかも分かってしまう。 俺に依存し、それ以外のものをいらないものと無理矢理に思って安定を図る。

 自分が不安定になるのが恐ろしく、それを誤魔化すために媚びてへつらう。 エルはそんな弱い女の子だ。


「エル……」


 人に縋り媚びて、離れないように依存する。 多分俺も、エルとそう変わらないのだろう。


 彼女の顔を見て「好きだ」。 俺から離れられなくするための呪詛を、何度も刷り込むように彼女の耳元で囁いた。

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