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救いたいと思うことをやめたくはない④

 街を歩く。 ほとんど変わらない道に若干の安心を覚え、一つの宿の前に止まった。

 ボロボロな宿を見て、懐かしさに息を漏らした。


「ここに泊まっていたんだ。 一時期、エルと出会ってからしばらく」

「そうなんですか。 ……あれ?」

「一時期父親に追い出されていた」

「放浪とかのせいですか?」

「いや、魔法の才がなかった」


 少し間が開き、エルは「そうですか」と小さく声を零した。


「実際には、違うのだろうが。 単純に俺のことが嫌いだったらしい。 俺は師匠に似ているらしくてな。 父親はその師匠に嫉妬していたから」

「嫉妬、ですか?」

「ああ、母親がいるんだが、いわゆる父親とは許嫁だったが、母親の思いは師匠の方に行っていて。 結局は父親と結婚したが。 ああ、似ていると言っても、性格とか才能とかで、父親の息子であることは間違いないけどな」


 少し面倒な話だっただろうか。 癖で落ち込んでいるエルの頭を撫でようとして、回避される。

 ため息を吐き出して頰を掻く。


「まぁ、レイ……弟がいるんだが、そっちも良く思われていなくてな。 産まれた時に母親が死んでしまったから」

「……それは、アキレアさん達が悪いわけでは」

「感情の問題だ。 いくら頭が悪いといえど、そんなことは分かりきっているだろう。 だとしても、不快なものは不快だ」

「……」


 今度は避けられることがなく頭を撫でさせてくれる。 細く滑らかな黒髪を梳くように撫でる。


 エルも母親に好かれるために死んだ息子の真似事をしていた。 そのこともあり彼女は、不仲な家族というものに特別な感覚があるのか。


「……すみません」


 前に話したときは嬉しそうだった。 このまともな人間らしい反応は、俺が彼女に好かれていない証左だ。

 エルは独占欲が強いから、家族の不仲とかをむしろ喜ぶ節があった。 こういった反応はあまり嬉しくない。


 俺も歪んでいるな。


「勝手に話しただけだから気にするな。 ああ、そういえば、あそこの路地裏で倒れていたエルを見つけたんだ」

「あ、そこなら覚えがありますよ。 僕、おなか減って倒れてたところです」

「骨折れて出血してフラついていたら、踏んづけたんだ」

「酷い……。 いや、アキレアさんの状態のほうが酷いのでは」

「エルの方が重症だったな。 飢えと渇きに病もあった」

「ボロボロですね」

「ああ」


 あの頃のエルも可愛かったな。 エルはいつも可愛い。 弱っていたらそれはそれでいいものだ。


「……貧乏だったら、エルと物を分け合いながら食べたり出来るから楽しいんだけどな」

「えぇー……」

「あ、ここだな」


 エルの倒れていた路地裏を二人で立ち止まって見る。 黒い何かがある。


「……こんな感じですか?」

「ああ、こんな感じ……ここには行き倒れを引き込む魔力でもあるのか」

「とりあえず助けないと……」


 黒い人に近づこうとするエルを手で制してから俺が近づく。 うつ伏せになっている身体をひっくり返し、息があることと気を失っていることを確認する。


「……女?」

「いえ……この人は、男の子ですよ」


 触った感じは少し硬いけれど、すらりとした手脚や顔立ちも女性に見える。 エルの言葉に首を傾げながら彼女を見る。


「その人……クラスメートでした」

「またかよ」


 世界は広いのに、何故再会出来るのか。 増えた面倒事に思わず溜息が漏れ出た。


「とりあえず、持っていくか」

「……大丈夫でしょうか」

「まぁ、勇者は死んでも異世界で復活するらしいから大丈夫だろ」

「それは全然大丈夫ではないような」

「とりあえず、痩せてもないからすぐに死ぬことは無いだろう。 ……あまり近寄るなよ?」

「んぅ? なんでですか?」

「他の男に近寄られると嫌だ」

「……えぇー」


 俺の願いを聞いてくれたのか、あるいは俺から距離を取ろうとしているのか、エルは一歩後ろに下がった。


「……エルはもっと束縛していたからな?」

「……まぁ、客観視するとしそうなのは否定出来ないですけど」

「そういうところも可愛いんだよな」

「……反応しにくいです。 というか、口説かないでください」

「一応、書類上は今も妻だから口説いてもいいだろ」

「……僕。そういうの慣れていないので…….」


 顔を赤らめていて可愛らしい。 気の抜けたところで男を背負い、案外重い身体に違和感を覚える。


「こいつ、大量に武器を持ってるな」

「こっちで一年も経っていますから、おかしくないのではないですか?」

「いや、武装してるのは当然なんだが……」


 あまりに多すぎる。 身体能力ならば人を遥かに超えている俺が重いと感じられるのなど、普通の人間で持てるのだろうか。

 ロトを思い出し、まぁいけるかと納得する。 勇者はなんだかんだ言っても優秀な人間が多い。


 賢くて可愛いエルは当然として、ロトはバランスの良い戦闘能力、大山は得体の知れないところがある、月城はエルの服を作れるから素晴らしい、三輪はエルの魅力に気が付いていた殺す、ペンギン。

 勇者村の連中はよく分からないが、知っている勇者はだいたい優秀である。

 100キロ程度なら武装していてもおかしくはないか。


 家に帰るとなると少しだけ脚が動きにくい。


「どうしたんですか?」

「……いや、ロトに怒られるなと思ったら、気が重い」

「どんな人なんですか? 一緒に謝ってあげましょうか?」

「どんな奴か……。 背が俺より高く、人のいいところを潰すのが得意で、若干戦闘好きなところがあるな、まぁいい奴だ」

「……怖い人です?」

「同じ勇者だし、わりとエルとも仲良くしていたから、怖いということはないはずだ」

「じゃあ一緒に謝ってあげます」


 怖かったら一緒に謝ってはくれないのか。 いや、元々俺だけが悪いんだから当然ではあるが。


「それはそれとして、知り合いと再会したのに、あまり反応しないんだな」

「……薄情かもしれないですけど、僕の感覚としてはこの前会ったばかりですし、話すこともなかったですし、日本人なら日本に戻るだけらしいので、どうにも反応がしづらく……」

「まぁ、普通の行き倒れよりかは扱いが雑になるのは分かる」

「心配ではあるんですけど……。 割と普通に寝てるだけのように見えますから。 顔色もいいですし」


 確かにエルのほうが顔色が悪い。 そう思うと、こいつではなくエルを背負うべきなのではないかと思うぐらいだ。


 しばらく歩いて、買った方の家に着く。


「あれ? ここは」

「新しく買ったほうだ。 エルもそろそろ脚が辛いだろう。 ここから屋敷までも結構あるから、軽く休んでからにしたらいい」

「……なんで僕の疲労度が分かるんですか……」

「好きだからだ。 あちらに着いたら好きに俺を使っていいから」

「んぅ、そういうの、恥ずかしいです……」


 エルは赤くした耳のまま、行き倒れの男の様子を覗き込む。 家の中に入り、男をベッドに寝かせて、布団を被せると寝返りを打って幸せそうに眠り始める。


「……これ、保護する必要あったか?」

「あんなところで寝たら危ないですし、風邪引いちゃいますから。 あ、クリーンしますね」


 エルの能力で少し汚れていた男が綺麗になる。 ……男か女の子か分かりにくいな、こいつ。


「んぅ。 申し訳ないですが、ちょっと休ませていただきたいのですが……」

「あー、ベッド一つしかないな」

「いえ、寝たい訳ではなくて……。……えっ、ここって、僕と暮らすための場所って言ってましたよね?」

「ああ。 すぐに住み始めても問題ない程度には物は揃っているな。 しばらく放っていたから軽く埃は払った方がいいが」

「……ベッド、一つしかないんですよね」

「……」


 エルは目を潤ませて、顔を真っ赤にして俺を見る。 何を考えているのか分かり、結局月城に会えば伝わることであると腹を括る。


「……基本的に、いつも同じベッドで寝ていた」

「……アキレアさん」

「はい」

「……恥ずかしくて、死にそうです」



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