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健やかなる時も③


 その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け。その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか。

 

 病めるときは大丈夫だった。 喜びのときも大丈夫だった。 悲しいときも、貧乏なときも、お金に困っていないときも、問題はなかった。


 特に、病のときと、貧乏なとき、悲しいとき。 僕とアキさんは、これを出来ていただろう。

 ギュッとアキさんを抱きしめて、抱きしめられて、支え合えた。


 健やかなときは、何の不足もないときは、どうだっただろうか。

 僕は、もっとアキさんに愛されたいと嘘を吐いた。 ずっと一緒にいさせるために、僕に依存するように仕向けた。 僕から離れられないように、色んな約束を取り付けた。


 もし日本だったら、束縛女とか言われていただろうし、最悪の場合ストーカーとかで捕まってしまうことだろう。

 僕は、よくないと分かっていながら、余裕があればアキさんを僕に依存させるように、僕がいないとダメなように頑張った。

 僕が依存していて、アキさんがいないとダメだから。


 好きだから、アキさんが好きだから、好きだから。 依存している。 それが良くないなんて分かっているけれど、そんなのどうしようもない。

 人は一人で生きられないんだ。 僕もそうだ。 会いたい。 会いたい。 彼に、会いたい。


 どこで間違えたのか。 どこがダメだったのか。 答えは無数にある。 不慣れな癖に必死に媚びようと嘘を吐いた。 甘言を言って、幸せになれると、保証もないのに繰り返した。

 必死で媚びた。 好きだから苦痛じゃなかったし、幸せを感じていたけれど、やっぱり騙していて気は重かった。


 結局……僕はこちらの世界に来ても、同じだった。 性根は芯から腐りきっていた。


 こっちにきて、勇者になって、アキさんと出会って、アキさんを好きになって、日本での母との生活と同じことを繰り返しただけだ。



 地球では大切な人が死んで死んで死んで、そんな弱っている母に、息子だと嘘を吐いて可愛がってもらって、自責が耐えれなくなって「今日は帰りたくない」などと言った、だからこっちの世界に来た。


 こちらでは寄る辺もなく一人で何もないアキさんに、幸せになれると嘘を吐いて可愛がってもらって、自分が汚れていると自覚して、だからこんな場所に一人でいる。


 何の差もない。 弱っている人を見つけては、自分の物にしようとして、それも貫き通せずに不幸にしているだけ。 どうしようもないほど……クズだ。


 それでも、会いたいと思っている。 会いたくて仕方ない。 何を差し出してもいいから、ただ、ただ、やり直したい。


 ひたすら重く液状になるほど密度が高くなった瘴気が、もう足元までに来ていた。 液状の瘴気が絶え間なく揺れているのは、中で魔物が産まれては殺されて、と地獄のようなことが繰り返されているからだろう。


 びちゃり、と気持ち悪い感覚が僕の脚に当たる。 黒く、赤く、醜い血の色をした瘴気の海が、足元までに迫っていた。


 謝りたい。 会いたい。 会いたい。 会って、一言、ごめんと言いたい。


 ナニカに脚を掴まれる。 瘴気の海の中へと引きずり込まれる。 脚が溶かされていくように沈んでいき、痛みもなく「死」だけが理解に入ってきた。


 今から死ぬのだ。 それで、日本に戻る。 あとはそこから、また同じように死ねばいい。 僕なんて、死ねばいい。 アキさんを苦しめた僕なんて……。


「死んじゃえば、いいのに。 こんな奴」


 意識が薄れて行く中、確かに見えた。 朧げに見えた。 ああ、死の間際の幻覚だとしても……僕は、幸せだ。


「ごめんなさい。 ごめんなさい」


 幻覚にでもいいから、謝りたかった。



◆◆◆◆◆◆



 何も感じない。 何も持っていない。 何も分からない。


 けれど、もがくもがく、意識の混濁か、記憶の喪失か。 何も分からないけれど、ただ世界を掻き分けてナニカを探す。

 理解は一つもしていない。 自分の何も知りはしない。


 けれど、求めている、願っている。 だから掻き分けて、掻き分けて、ひたすらにもがいて、意味も分からずに必死になってーー。


 ーー何をしたいんだったか。 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。 痛みから身を守ろうとする頭もなく、上へ上へと求める。

 何を、何をだ。 何を?

 でも、求める何かが上に有って、もがき、もがいて、それを掴む。


 手があるのか、腕があるのか、身体があるのか、それどころか、意識があるのかすら曖昧だけれど、抱きしめて、思いを伝える。


「…………」


 何を伝えたらいい。 愛を言いたかった、謝りたかった、一緒にいたかった、分からないけれど、何がただしいのかも分からないけれど。


「ごめんなさい……ア、キ……さん………」


 ただ、言いたいことだけを、俺は言う。


「幸せだった。 君を好きになれて」


 何もないところから、愛を囁く声だけが聞こえる。


「ごめんなさい。 ごめんなさい」

「いいよ。 嘘を吐いても、卑怯をしても」

「ごめんなさい。 ごめんなさい」

「俺を殺してもいい。 裏切ってもいい」

「ごめんなさい。 ごめんなさい」

「全部許すから、幸せになれるように、してくれ」

「ごめんなさい。 好きになって、ごめんなさい」

「俺も好きだよ。 ありがとう、好きになってくれて」

「ごめんなさい。 嘘吐いて、ごめんなさい」

「そんなに辛かったのに、気づいてやれなくてごめんな。 今度は、君のことを守るから」

「ごめんなさい。 利用して、ごめんなさい」

「嬉しいぐらいだ。 これからはもっと頼ってくれ」

「ごめんなさい。 お母さんの、代わりにして」

「何でも求めていい。 君のためになりたい」

「ごめんなさい。 駄目な子で」

「君よりも、愛おしいと思える人はいない」

「ごめんなさい。 ずっと、ずっと、悪いことばかり」

「悪いことをして、不幸だったら、止めてほしい」

「ごめんなさい。 アキさんを騙して、嘘吐いて、僕の物にしてーーーー幸せ、でした」

「よかった」


 再び意識が薄れていく。 何か、いや、エルを抱きしめている感覚が薄くなって消えてなくなる。


「後悔してますけど、幸せでした。 反省してますけど、心地よかったです。

だって、大好きな人に、抱きしめられていたんです。

駄目だって分かってたけど、それがどうしようもなく、嬉しかったから、ずるずる、嘘を吐いたんです。 いひひ、馬鹿ですね。 僕は」

「本当に、馬鹿だよ。 そんなことしなくても、俺はエルを抱きしめていたのに」


 強く強く抱きしめて、世界から二人で消えていく。


「もし、あそこに戻れたらーー。 もう一度、僕を愛してくれますか?」

「当たり前だーーーー」


 

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