君を想えばえんやこら⑥
「エルちゃんは、多分そのときにそのまま消えていて、今アキレアが見ているのは、エルちゃんの洗脳魔法による幻覚だ。
その証拠に、レイやケトとかも言っていただろ」
「……何が言いたい」
「目を覚ませよ、って」
目の前にアキレアの手が迫り、その手を左腕で受け止める。
単純な力で敵うはずもなく、受け止めた腕が握られ、骨の折れる音が耳に入り込んだ。
「……殺すぞ」
「舐めんなよ。 俺が簡単に負けるはずがないだろ」
腕折られているけどな。 イチカの手から鎖のようなものが放たれるが、次の瞬間にはアキレアがそこにいることはなく、鎖は空を掴もうとするだけだ。
マトモにやってアキレアに勝てるとは思っていない。
勝つ条件は傷を一つ付ければいいだけだ。
それだけならあまりに容易い。 剣も持っていないアキレアは獣のように重心の低い体勢に移行し、俺たちを睨む。
「えっ、なんです!? なんでこうなってるんです!?」
王女を軽く庇うように前に立ち、イチカに指示をする。
「可能な限り、大量のシールドを、柔らかくてもいい」
理由は分かっていないだろうが、イチカは頷く。
俺たちを守るように大量展開されたシールド越しに、立っているアキレアを見る。
こじんまりとした部屋の中だと、風魔法の出番は少なく、アキレアのような身体能力に特化した奴に勝てる見込みはない。
それにあっさりと左腕を折られているから、戦いにくいし。 治癒魔法で治るからと言って暴力のハードルが低すぎである。
アキレアが息を吸い込んだ。 それを理解した瞬間にシールドが叩き割られたことを認識、腕を振り上げてアキレアの拳を逸らしながら、脚を引っ掛けることで体勢を崩させて、床に押し倒す。
遅れて振ってきたシールドの破片が俺とアキレアの皮膚に刺さって消えていく。
「アキレア。 エルちゃんはここにいない」
「いるだろうが!」
指をアキレアの傷口を抉るように突き立て、顔の目の前にその血を見せつける。
「エルちゃんはここにいない。 いたら、お前の怪我を治さないはずがないだろ」
それだけ言ってから、アキレアの拘束を解いて床に座りなおす。
「イチカ。 治癒を頼む。 ……アキレアにはするなよ」
「……大丈夫ですか?」
「めっちゃ痛い」
虚空をジッと見つめていたアキレアは俺の方を向いて、からまだ消えずに地面に残っていたシールドの破片を掴み、自分の腕に突き刺した。
血が溢れ出ていて、それと虚空を交互に見つめる。
「いないから無理だ。 どういう状況になってるのかは分からないが、そこにエルちゃんはいない」
「……帰ってくれ」
「その出血放っておいたら死ぬぞ」
「……帰ってくれ」
「エルちゃんは、死んでいない。 魔法が残っているなら、この世界にはいるはずだ」
アキレアは力のない表情で虚空を見つめて、俺の言葉に反応しない。
「……消費魔力増えてますね。 なんだか、かわいそうですけど」
首を横に振ってから、イチカと王女に外に出るように伝える。
二人きりになった部屋で、散らかったものを適当に片付けながら、アキレアに話しかける。
「……今思えば、グラウはこういうことを危惧していたのかもな」
アキレアから反応はなく、アキレアはただ何もない場所を見つめ、無表情で血を流し続けていた。
「依存しすぎだと、今になって俺も思う。
そのままだと本当に死ぬぞ。 ほら、腕を貸せ」
アキレアの腕を無理矢理引っ張って、適当にアキレアの着てる服を割いて巻きつけて止血する。
確か、巻きつけて止血するのは血が巡らなくて腕がダメになるんだったか……。 まぁ、最悪でもこっちだと腕を生やすことも出来るので問題ないだろう。
命が軽すぎる。 あるいは想いが重すぎるのか。
何にせよ、軽視している。 命を。
ゲーム感覚だった俺が言えるような言葉でもないけれど。
「……洗脳魔法が解けるには、イチカ……魔法の専門家みたいな奴が言うには、一日二日かかるらしい。
多分、事実を認識していても惑うだろうから、少しゆっくりしておけ」
「いや、いい」
アキレアは胸に手を当てて握り潰す仕草をした。
先よりも明らかに暗い表情をした……今にも死にそうな顔をした男は、虚ろな目で俺を見る。
「……エルは、消えた。 俺のせいで」
あまりにもドス黒い声と、見ているのも気分が悪くなりそうな悪感情の塊のような表情。
話を聞くにも、マトモな会話が出来ないことが容易に想像がつく。
「とりあえず、消えたってどういうことだ?」
「俺が、エルが……地球に行けない。 神聖浄化が、暴発して……俺が嘘を吐かせたから、エルに」
案の定意味が分からないけれど、だいたいの想像はつく。
以前二人と共に旅をしていたときも、エルちゃんは自分の神聖浄化の能力で皮が消えたりとか、そういったえげつないことになっていた。
汚れを消す能力とはかなり抽象的で、範囲が曖昧だ。
よく分からないが、エルちゃんがアキレアと地球に帰れるという嘘を吐いていて、その罪悪感が原因で消えたということでいいだろう。
前後関係やら、具体的な状況はアキレアに聞いても要領は得ないだろうし、問題は「どこに消えたのか」である。
そもそも神聖浄化は汚れを消す能力だが……消すというのはどういうことだ。
完全な消滅。 それは魔法が残っていたのだから、違う。
思い出すのは大山の勇争記録の記述の、エルちゃんの場所が不明であること。
纏めるとすれば、神聖浄化とは、謎の異空間を生み出し、自身の気に入らないものをそこに突っ込む能力。 なのではないだろうか。
自分の能力で消えたというのは、あるいはアキレアに対する自責感から逃れる術として……などと考えるのは、失礼か。
「アキレア」
「……エルを探しにいく」
「多分、どれだけ走ってもいないぞ」
「じゃあ、どこに」
これの中だろうな。 と、ポケットから聖石を取り出す。
エルちゃんがいない今、エルちゃんの能力で生み出されているであろう空間と繋がっているのは、これぐらいしかないだろう。




