ヒトガタ②
剣壊し、そう渾名が付けられていたことを知った。
魔物との戦闘よりも、対人戦が得意で特に武器を破壊する。 なんて理由らしい。
あまりにも出来過ぎた話だ。 許すことの出来ない自身の罪の名前で呼ばれるようだった。
大した罪ではないかもしれない。 人が聞けば「そんなことか」と、笑う程度のことだ。
決して許すことは出来ない罪の名が、剣壊しだった。
「あっちの世界では俺は天才だったんだ」
自分のことを少しずつ隣を歩く女性に伝えていく。
勉学やスポーツと、評価されやすいものは当然として、歌や楽器に絵や書道、作文のような芸の方も、料理などの家事も、何事においても一番ばかりの人生で。
「あの世界で俺が勝てなかったのは、一度だけだった」
全く努力がなかったとは言わないが、一番努力したのかと言えば首を傾げる。 いや、俺よりもあいつの方が努力していたことは知っていた。
風が頭を冷ますように撫でていき、伸びた髪の毛を揺らす。
結局、才があっただけだ。 ゲームをイージーモードでプレイするような、強キャラで格ゲーをするような当然のこと。 それを誇る間抜けな格好悪さ。
「俺は……リアナ、お前が思っているようなやつではない。
身の丈に合わない尊大な精神に、半端に器用なだけの能力、利己的で自分勝手な性格。 何より嫉妬深い」
リアナは不快そうに顔を歪めた。
一歩前に歩き、拳を振るって俺を殴る。
「だから着いて来るな……とでも、言いたいのか?」
乾いた音を聞きながら、軽く頷く。
ロムと大山から伝えられたことがある。 勇者達に「狙われている」と。
生き残れるかは分からない。
だから、リアナとは離れた方がいいだろう。
「馬鹿なことを言うな。
お前に着いてきたつもりも、着いていくつもりもない」
風に金の御髪を揺らされながら、リアナは剣を抜いた。
ゆっくりと目を細めてリアナは続ける。
「剣を抜け、魔力を高めろ。 その傲慢な性根を叩き直してやる」
リアナの持つ直剣が振り上げられ、日の光を弾いて刃を目立たせる。 後ろへと飛び退き、回避するのと同時に風の魔力を練り魔法を発動する。
「ーーッ! ルフト!」
単純な風を発生させる魔法。 この国で使われているウィンドという魔法との差異は、ウィンドは発生させたら終わりなのに対して、オリジナル魔法であるルフトは発動後もある程度は操作することが可能。
爆発するような風に吹き飛ばされてから、空中で風を固める。
固めた風の塊に着地、上からリアナを見下ろした。
「ルフト・シルトーー」
風の盾。 魔法名を唱え終え、リアナに向かって言う。
「俺は……リアナに死んでほしくないと思っている」
リアナは魔法を発動させ、シールドを張り巡らせることにより、空を登るための階段を生み出す。
虚空から短剣を引き抜き、そのシールドに向かって投げ付けることで、道を阻む。
リアナのシールドは、アキレアのシールドとは違い、発動に時間がかかる。 近距離攻撃しか出来ないリアナは空にいる俺までへの道を作る必要があるが、登るよりも早くに壊すことは容易い。
「それが傲慢だと言っているんだ!」
魔法を解除し、地面に降りてリアナと向き合う。
「傲慢か、リアナ、お前が俺よりも弱いのは事実だろうが」
右手短剣を虚空から抜いて、腕を前に突き出す。 残った左手で手招き。
「来いよ」と、嘲笑う。 真正直に上段から振り下ろされた剣を短剣の鋸刃で斜めに受け流しながら、空いた手で柄を掴んでいる手を上から握り込んで動きを封じる。
リアナが足を動かそうとしたところでリアナの手を握っている手を引いてバランスを崩させ、体ごと後ろに身体を傾け、リアナを腰に乗せる。
「弱いんだよ」
そのまま庇い手をすることなく、草原の上に投げ飛ばし、剣を足で踏みながらリアナに短剣を突き付けた。
「弱いんだよ。 どうしようもないぐらい。 お前は弱いんだ」
リアナがアキレアぐらい強ければ、これからも一緒に旅を出来ただろう。
けれど、リアナは弱い。 強者と戦うつもりなら、リアナはもう足手まといでしかない。
「なんでだよ……」
口から理不尽な言葉が漏れ出る。 対して動いたわけでもないくせに息が荒れて、口の中が乾く。
「なんでリアナはこんなに弱いんだ!!
もっと強ければ! もっと強ければ! 旅を続けられただろうが!
弱いんだよ……。 弱いんだ。 弱い弱い弱い。 弱い」
理不尽な暴言。 リアナは短剣を突きつけられながらも、真っ直ぐに俺を見て言った。
「私が弱くてロトが強いなら、なんでそんなに泣きそうになっているんだ。 何故、負け犬のような顔をしている」
真っ直ぐに見詰めてくるリアナの瞳に映っている俺は、酷く情けない顔をしていた。
「弱いんだよ……。 俺は」
分かりきっている、どうしようもなく。
震えた喉も、潤んだ目も、歪んだ口角、全てが俺の弱さを示していた。
「俺はアキレアとは違う。 あいつみたいな、理不尽な強さはないんだ。
能力を使っても、技巧を凝らしても、魔法を学んでも、瘴気を利用したって、一振りの刃に断ち切られる」
器用ではある。 強くもある。 けれど怖くないというのが、アキレアの評価だ。
ああ、認めるしかない。 その通りなのだろう。
「俺はお前を守れない」
「自分の身ぐらい、自分で守れる」
「弱いくせに」
「弱いくせに」
一言、一言だけ話せたらまだ伝わるだろう。 けれど、その一言が喉に突っかかって、風に流されるように出てこない。
リアナがゆっくりと口を開いた。
「ロムが言っていた。 魔力の性質は、本人の性質と同じだと。
風は自由を表しているが、それを動かないようにすることの出来る、奇特な性質」
少しの間だけ、俺に知識を与えてくれた賢者ロム。 彼は面白そうに俺を見て言っていた。
拘束された風。
「囚われることのない風でありながら、自らの意思で自らを律する精神。
美しいと思った。 いつからかは分からないが、ずっと思っていた」
リアナに名を呼ばれる。 突き出していた短剣は降ろされて、リアナは立ち上がった。
「着いていくのではなく、共に旅をしたいと思った。
守られるのではなく、共に戦いたいと思った。
美しい、そう思ったんだ」
ああ、アキレアのように自分の意思を伝えられたのならば、どれほど良いことだろうか。
腕を振り上げて、リアナへと振るう。
薄皮一枚割かれ、リアナの頬から赤い血がゆっくりと流れ出た。
「消えてくれ。 俺の前から」
俺は泣いているのだろうか。 涙は出ていない。 顔を触っても、表情は歪んでいない。
泣いていないのか。 踵を返して次の街へと向かう。
「ケン」
後ろから、俺の本当の名前が呼ばれた。
「一言、女々しいことを言わせてくれ」
リアナは俺の反応を待つことなく、迷いもなく言った。 何が女々しいのだろうか。 いつもいつも、格好いい。
「また会おう。 剣聖に会い修行する。 次は、負けないから」
それが女々しいのならば、俺は女が腐ったほどだろう。
だからせめて、出来る限り男らしく言おうと思う。
「俺からも、一言だけ」
虚空から刃を引き抜き、いつもリアナが使っているのと同じ刃渡りの剣を後ろに放る。
「好きだ。 お前のことが」
「……ああ」
また会おうか。 会えたらいい。
これで、初めてこの世界に来た時と同じ状況だ。
手には何もなく、隣には誰も歩いていない。 一人だけで世界を歩く。
違いは、ヘラヘラと笑うことが出来ないことか。
歩いた草原は、やけにだだっ広い。




