血風は獣を誘うか⑤
ペンギンを抱きしめながら、暑い風に耐えてクロの帰りを待つ。
時間があるとエルのことを考えてしまいそうになるので、努めてクロのことを考える。
本人は傭兵と言っていたが、職業は金を稼いでいる方法のことではないのだろうか。
少なくとも、それをするために竜を狩る必要がありますーーなんて、少なくとも仕事ではない。 趣味、あるいは副業とでも言った方が適切だと思う。
ペンギンを軽く抱きしめながら、不思議に思ったことを口に出す。
「クロはなんで傭兵をしているんだろう」
赤字になるような仕事を引き受ける意味が分からなかった。 俺にとってのエルがいるのならば納得も出来るが、クロの隣にはペンギンしかおらず、傭兵をやる意味が分からない。
損ばかりで、得がないのに、何故だろうか。
「ペンギン」
「そうか、分からん」
ペンギンに分からないと返すが、ペンギンは気にした様子もなく何度も「ペンギン」と繰り返す。
なんとなくだけれど、このペンギンのことが少し分かった。 言葉も通じないが、分かることも少しはあるものらしい。
「お前は、クロが大好きなんだな」
「ペンギン!」
黒い翼をバタバタとさせて、喜びを表現した。 身体の上で暴れられると少し不快だが、大目に見ることにして、ペンギンの頭を撫でる。
後で、クロに戦う意味を聞こう。
愛は知ったが、俺には人としてあるべき何かがまだ欠けている。 ほんの少し、それを埋められるような気がする。
ペンギンと戯れていると、複数人の足音が聞こえたので立ち上がってそちらを見る。 知らない男達と、クロがいた。
軽く手を上げて挨拶をして、ペンギンがクロの元に向かったのを見る。
「話はまとまったのか?」
「今からだ」
現物を見て決めるのか。 まぁ当然のことだろう。
男達は俺に頭を下げて幾つかの事を言ってから、竜の査定に入った。
大きさや傷の付き具合から金額を決めているらしい。
「足がなくなっていたからな、暴れることも上手く出来なかったようだな。
結構いい値段になりそうだ」
いい指輪が買えるかもしれないな。 そんなことを思うと、エルを泣かしたことを思い出して死にたくなってきた。
「それはよかったな。
クロは傭兵なんだよな。 金で雇われる」
「ん? ああ、そうだ。 雇いたいのか?」
首を横に振って、そうではないと否定する。
大勢の前で地べたに座るのは気が引けたので、少し身体がだるいがそのまま立ってクロと話を続ける。
「それで赤字になっている。
金を払って、危険を冒して、それで人の下に付く。
俺にはその行動の意味が分からない。 なんでそんなことをしているんだ」
クロは薄らと笑みを浮かべる。
「それはな、俺は強いからな。
金は稼ごうと思えば幾らでも稼げる。 美味いものを食うのも、いい女を抱くのも、心地よい寝床で寝るのも、やりたい放題には出来るが……お前はそれをしたいか?」
クロの問いかけに少し考える。 美味いものを食べるのはあまり興味ない、いい女……つまりはエルを抱くのはすごくしたい、寝床は割とどうでもいいな。
いや、この場合は金で買える商売女のことを指しているのだろうから、エルは含まれないか。
「まぁ、特にしたくはないな。生活に困らない程度あれば十分だ」
「金があればいいってもんでもないんだよ。
そうなれば、後はしたいことをするだけだ」
「したいこと?」
俺が尋ねると、クロは子供のように目を輝かせて、剣を握り締めた。
「正義の味方…………なんてな」
冗談を言っているように笑うが、俺にはそれが冗談のようには見えなかった。
事実、冗談ではなく本気で思っていて、それを実行しているようだ。
「そうか。 ……それは、何のために」
「ただの矜持だ。 何もなく生きるには俺は強すぎる。
お前だって、何もなく好き放題するだけ人生なんて出来ないだろう」
エルがいなくて、ただ力だけがついていたとしたら、俺はどうなっていただろうか。
あまりに空虚な姿を幻視して、クロに頷いた。
「人は支えも何もなく生きられるほどに強くはない。
俺の場合は、矜持に浸って剣を振るい弓矢を射ることだったというだけだ」
クロの言葉を聞いて、なんとなく納得する。
昔の俺は魔法を身に付けること、今の俺はエルと共にいることが生きるための支えだ。 それが欠ければ、俺は人として生きることは難しいだろう。
エルのことを思う。 俺はエルの支えとなれているだろうか。
少なくとも、泣かせた俺はエルの支えとなることは出来ていない。 そもそも、大切かどうかと支えは別か。
俺は必死に魔法を身に付けようとしてたが、本質的にはどうでもよかったことだ。
エルの支え……を考えると、目の前のクロの顔を見ていた。
「どうかしたか?」
「いや、正義の味方とは、エルのようだと思ってな」
なんとなく気の迷いが晴れた。 エルは大切にしないと駄目だな。
母親が一番だったとしても、今からエルに一番愛されるようになればいいだけだ。
俺のためにも、エルのためにも……一つ、決意する。
「ありがとう、クロ」
「ああ、よく分からないが」
暫くして、査定を終えた人の一人とクロと共に街に戻った。
早速といった様子で商会に入り、偉そうな男から金を受け取る。 重たい金属のコインを手で弄りながら、偉そうな男に指輪を取り扱っている店を尋ねる。
宿と丁度間ほどの場所にある店に入り込む。 煌びやかな店内に顔を顰めると、店員の女も俺を見て顔を顰めた。
そういえば、服が焦げ付いていて、土や草も付いているのでかなりみすぼらしい格好か。
女に商会で渡された手紙を渡すと、顰めていた表情を笑みに直した。
店内を見て回るが、やけに悪趣味な物が多くエルが好みそうな物は少ない。 もう少し、控えめに美しい物はないのか。
高級店と聞いていたが、どちらかと言えば成金趣味の物が多い。
ため息を吐きながら店から出る、これなら買わない方がまだマシだろう。 もう一軒まわってみようか。
もう一軒、人に尋ねながら訪れる。 落ち着いた雰囲気で、店内も小綺麗で悪くない。
飾られている指輪を見て、なかなかいいように思ったが、エルの指の大きさには合わなさそうだ。
「何かお探しですか?」
店員の女が話しかけてきたので頷く。
「この指輪が気に入ったんだが、贈りたい人の指には大きすぎる。 これの小さいのがないだろうか。
大きさはこれぐらいで……」
指で円を作って店員の女に言うと、他の大きさのが在庫にあるかもしれないらしく、取りに行ってくれた。
あの煌びやかな店の物に比べると、幾分か地味かもしれない。 俺はああいった華美なものは下品に見えるが、もしかしたらああいうものの方が、などと思って指輪を見直す。
白っぽい銀色で、光に照らされても輝きもそれほど強くはなく、形も普通の円形で、宝石が付けられていたりもしない。 けれど、その控えめな姿はエルによく似合いそうだと思った。
似たような物は他にもあったが、一番良い色合いをしている。
店員の女が丁重に箱に入れられた指輪を運んできてくれたので、触れることなくその大きさを見る。
「ああ、この大きさだ」
エルの指の大きさはすぐに分かる。 散々握っていて、見てきているのだから当然だった。
その指輪を買い、箱に入れてもらったものを懐にしまい込んだ。
宿屋の前にまでたどり着くと、また身体が震える。 エルとは会いたいけれど、エルが怖い。 エルが泣いているのが怖くてなかなか足が踏み出せない。
「ペンギン」
宿から出てきたペンギンに勇気付けられて、宿屋に足を踏み入れた。 少しずつゆっくりと進んで、エルと泊まっている部屋の前に立つ。
エルの泣く声はまだ聞こえていた。




