血風は獣を誘うか②
気分も悪い中、ペンギンを膝に乗せている男の話を聞く。
「大まかな話は昨日話したが、竜を狩ろうと思っている。
報酬は一人頭で山分け。 三人で狩るから、お前には三分の一入ることになるな。
商人を介してであるのでかなりぼられるとは思うが、王侯貴族に売ることになるので……まぁ、しばらく食うに困らない程度には入るだろう。
まぁ、そこのところは俺がやる……というよりかは、馴染みの商会に任せるから、気にする必要はない。 俺たちは狩りさえすればいい」
クロの説明に頷く。 随分手際がいいが、だいぶ前から準備をしていたのだろうか。
だとしたら、何故前衛がいなくて困っていたのか。 まぁ、何かしらの理由があるのだろう。 考える必要もない。
というか、三等分って、ペンギンも頭数に入ってるらしい。 働きからしたら、三分の一でも丁度いいぐらいか。
「じゃあ、向かうか。馬を借りて、走りながら作戦を詰めよう」
「いや、馬はいらない」
全く乗れないというわけではないが、不慣れで、俺よりも持久力も速さもない物に乗って動く必要もないだろう。
不思議そうにしているクロに「走る」と伝える。
「走るって、馬で走るんだぞ……」
「馬よりも俺の方が早い」
「何時間かかると」
「馬よりかは保つ。 走る方がよっぽど楽だ」
そう言うと、納得したのかしていないのかは分からないが、何も言わずに頷いて装備を整える。
「へばって戦えませんとかは止めろよ」
「そんなことあるわけないだろ」
手持ち無沙汰なので、軽く身体を解しておく。 気分が悪く胃が痛く寝不足で二日酔いが酷いことなのを除けば、体調は悪くない。
何も背負わずに馬で四時間程度の距離ならば、楽なものだ。 全力で走れば三十分ぐらいだろう。
ペンギンを抱えたクロに付いて行き、何か他の奴と会話をしている横で待ち、馬がやってきたところで、出発をする。
俺の装備が剣が一本なのに対して、クロの装備は重装だ。
細い片刃の剣、野太い鉈、幾つかの短剣、全身に皮で出来た鎧を纏っていて、何よりも目立つのは背中に背負われている巨大な弓と、それ用の矢だ。
前衛が足りないと言っていただけあり、後ろから弓を引くつもりらしい。 弓が竜に通じるのだろうか。
「……本当に着いてこれてるな。
これから狩りに行く竜は、炎竜。
炎を操る竜であり、非常に好戦的な種族だ。 尤も、魔物とは違い人を狙ってくることはそれほど多くもないが」
炎竜か。 前に戦った赤竜と似ているのだろうか。
適当に頷き、クロの言葉の続きを促す。
「飛行能力はかなり高いが、飛び立つのには助走を付ける必要がある。 翼膜も欲しいので、出来ることならば真っ先に足を潰したい相手だ」
赤竜とは姿が違うのかもしれないな。 飛び立つのに助走がいるとか、飛行能力が高いとか、渡り鳥のような竜だな。
「翼の付け根を切り落としてもいいのか?」
「出来るのならばそれで問題はないが。
あと、必要な部位には肝と、首の直ぐ下にある火を噴くための器官があるのでそこは傷つけない方がいい」
「首を切り落としたらいいのか?」
「……まぁ、首、尾、脚ぐらいを狙って行きたいな。
鱗や皮も売れるから、出来る事ならば数撃で倒したい」
適当に駆け寄って高みへと朽ちゆく刃で仕留めればいいか。 油断はしないが、楽そうな仕事だ。
「気をつけるべきことは飛んで逃げられることを除けば、炎の息だな。
幾つかの種類があり、火の球を吐き出す炎弾。 場合によっては衝撃を受けると爆発する。
全体に火を吐き散らす、炎息。
翼でその火を撒き散らす炎風。
炎弾と似たような感じだが、連続して放たれている炎線。
当たればどれもただではすまないが、炎線だけは受けるな。 間違いなく死ぬ」
クロの言葉に頷く。 どれも口から吐き出されるのだから、後ろに回り込めば何の問題もなさそうだ。
それより、クロは機動力が低そうだが大丈夫なのだろうか。 足を引っ張られなければいいが。
「問題は、個人の戦闘能力だが……」
口頭で説明するのが面倒なので、剣を引き抜いて、走りながら振り切る。
高みへと朽ちゆく刃。 精神的に不安定な状態だが、考えないようにしていれば、少しは放てる。 二式や三式は難しいだろうが。
その後に四式での高速移動をして、クロの左横から右横に移動をする。
「……充分だな。 それがこの国の魔法ってやつか? 魔法大国ってのは随分と」
「師より習った剣技だから、魔法ではないな」
クロは納得がいかなさそうな顔をする。 俺も実際に使えず魔力を感じることが出来なければ信じることは難しいだろう。
振ったことすら分からない剣技など、伽話の魔法のようなものだ。
しばらく走り続けて、遠くにゴブリンが見えたので、一応退治しておくことにする。
「シールド・フラグメント」
シールドの破片をゴブリンに投げつけて仕留める。 久しぶりに見た気がするのは勘違いではないだろう。
エルの能力によってもたらされたことは大きい。
「魔物か。 この国は魔物が少ないな」
「そうだな」
それもこれもエルの働きのおかげである。
やはり、エルの行うことは全て正しい。 エルが母親を好きだからと拗ねているのは、馬鹿みたいなことだ。
馬鹿だから、馬鹿みたいなことに拘ってしまうのだが。
謝らないとならないな。 謝って許してもらえるだろうか。
「クロ、女性経験は豊富か?」
「ある程度はあるが、どうした突然」
「……エルと喧嘩して。 ……まぁ俺が悪いんだが、仲直り……をしたいんだ」
まだ悔しい思いも嫌な気分も残っているが、それでもエルを傷付けるのは悪であるし、俺もこれ以上エルと離れていると頭がおかしくなる。
でも、エルは母親の方が大切なんだよな。 また吐きそうになったので、考えるのは止めてクロの方を見る。
「そうだな。 経験豊富でもないので当てに出来るかは分からないが、やはり贈り物などで機嫌をとるのがいいと思うが」
「贈り物?」
「……貴金属や、宝石などが喜ばれるな」
そんな金は……あるな。 今から稼げる。
ついでに、このために一人で来たってことにしたら、冷たく接したことも誤魔化せるかも……。 いや、正直に謝るべきか。
買うとしたら何だろう。 そういえば、エルの故郷の日本では結婚した相手に指輪を送る風習があるとか、エルから聞いた覚えがある。
「……あの街に指輪を売っているような店はあるか?」
「知らん。 竜を売るときに聞け」
それもそうか。 商人に聞けば高く売りつけられる可能性もあるが……まぁいいだろう。
指輪となると散々握っているのでサイズは分かるが、どういうものを好むのだろうか。 エルの傾向を考えると、あまり華美なものでないのがいいだろう。
淡い期待だが、普段から着けてくれるかもしれないので軽いものがいい。
「……ありがとう。 だいたい考えがまとまった」
「それならいいが。 ……そろそろ、警戒しておけ」
クロの言葉に頷き、軽く神経を尖らせる。
頰から汗が垂れ落ちた。 緊張、ではない。 見れば周りに雪の後はなく、草が枯れているということもない。
薄らと、暑い。
「炎竜……案外強そうだな」
まだ魔力すら感じられないこの距離で、ここまで影響を及ぼしているとなると近くではとんでもない熱量だろう。
だが、何にせよ、斬れば死ぬ程度の敵だ。
エルのご機嫌取りのために殺す。




