変わらぬ日々などないと知りつつ③
月城はエルに微笑みながら、エルは辛そうに月城を見ながら、頭を下げた。
「ごめんね。 色々押し付けちゃってて」
「すみません。 その、いただいてしまって」
何をもらったのかも分からない。 だが、余程有用なものだったのか、エルは申し訳なさそうに俯いた。
「これ、受け渡しとか出来たんですね」
「元々受け渡されたものだからね。 それが出来るのに気が付いたのは、三輪くんだけどね……。
経験値、実は魔物だけじゃなくてどんな物にもあるみたいなんだけど。 勇者を倒した時に得られる経験値は特殊な扱いらしくて、能力の拡張になるらしいの。
一部、能力が取り込まれて、その人の性質に合わせて少し変化するみたいな」
エルはその説明に少し眉をひそめる。 俺の手を少し強く握って、口を開いた。
「そうですか」
「三輪くんのこと、嫌ったり、嫌がったりしないであげてね。 仕方ないことだったみたいで」
「しませんよ。 戦争に巻き込まれたって、昼間に聞いていましたから」
エルはそう言ってから、何も言わずに俯いたままいた。 少し時間が経ち、小さく謝った。
「すみません。 こんな時まで、能力の理屈とか、利用方みたいなことばかり考えてしまいました……」
「いいよ、そのためにあげたんだしね。 何か分かった?」
自身の力を確かめるように手をグーパーと開閉させて、小さく手から光を生み出す。
「あくまでも仮説ですけど、魔物から……いえ、どんな物からでも得られる経験値、とは能力を強化させるもの……ではないのだと思われます。
勇者を倒すことにより得られた経験値は他のものとは違う。 それはつまり、ゲームのように画一化された性質ではなく、正しく「経験」を手にしているのではないかと考えます。
経験をかすめ取る力が勇者の力だとすると、勇者を倒すことで能力が一部取り込まれる。 それは勇者同士の争いを助長するように見えますから、多分狙ってそういうシステムにしたのではないと思います。
だとすると、何故、勇者を倒すと能力も取り込まれてしまうのか。 おそらくに多分、きっとを重ねるほど信憑性のない仮説ですけど、能力というのは……経験値のことなのではないでしょうか。
能力は経験値だから、勇者に取り込まれる。 女神様が争わせようとしていない限り、これであっているように思われます」
「……つまり、どういうことだ?」
「えと、勇者の能力は、色々なものの経験の塊で、勇者は物を壊すことでそれの一部を得られるってことです。 それで、レベルアップとは能力が成長しているというかは、能力を混ぜ合わせて大きくしているみたいな」
説明されても意味がよく分からないが、とりあえず頷いておく。
エルは仮説の説明を続ける。
「この国では違うんですが、僕たちがいた日本では、付喪神という伝来? みたいなのがありまして、長い年月を、それこそ百年とかの時間を経た動物や物が神様になるって考え方なんです。 神様になった後も、生きてる年月で強さが変わったり……。
僕たちの能力は、その年月を奪うことで擬似的に神の力を再現していく物……だと思われます」
つまりまとめると。
神は長い年月を掛けて至り、長い時間を経て強くなるもの。
勇者はその力……年月(経験値)を渡されたことにより、神の力を擬似的に得た存在。
擬似的な神の力は、他の物の年月(経験値)を奪うことにより強化が行える。
ということであっているだろうか。
「つまり、俺でも身につけようと思ったら身につけられるのか?」
「それはどうかな? エルたんの百年で神になるってのはただの例えだからね。
実際のところは分からないし……能力は指向性も持たせてあって、それに特化しているから使えるのかも」
「どういうことだ?」
「経験なんて、色々なものを知っていくのが普通だけど、能力の場合それを一つに纏めてあるんじゃないかな。
だとしたら、よほど頑張っても身に付かないと思う。
実際、能力に至ってる人とか見たことないわけだしね」
まぁ、それはそうだろうか。
特化した経験、それもどれだけの年月をかければいいのかが分からないか。
「……魔物を倒して経験値を得た感覚としては、レベル30ぐらいで、身体の中にある力が元の倍ぐらいになるような気がします。
魔物がだいたい平均的に半年生きてるとして……倒した魔物は1000体ぐらいですから、おそらくは500年ぐらいで能力に至れるのでしょうか?
あるいは、同じことをひたすらやり続けて、学んで成長し続けた場合なら、その十分の一、二十分の一ぐらいでも出来るかもです。 これも仮説ですが」
何十年も延々と繰り返すだけなら未だしも、新たなことを学び続けられる人間など、そうはいないだろう。
もしそれが事実だとしても、それを成し遂げられる人間などあり得ず、結果、理屈としては可能であったとしても、現実は能力に至ることは不可能だと思われる。
俺も魔法の勉強を必死にしたが、それでも十年そこそこ程度しかしていない。 剣を握ったのも、ごく最近だ。
「別に、アキさんは新しい力とか必要ないですよ?
いざ戦うことになったら、僕が頑張りますし、他も僕が頑張ったらどうにでもなるはずです」
エルは自信まんまんにない胸を張って俺に微笑む。
「それで、使えそう?
結構、変質するらしいから、私の停止する運命そのまんまってわけにはいかないだろうけど……。
能力が役に立ちそうになかったら、一旦私に返して、私をエルたんが殺したら、私の能力が別の能力になるんじゃなくて、エルたんの能力に統合されることになるから、場合によってはそっちの方がいいと思うんだけど」
「……それは嫌です。
能力を受け渡す場合と、奪う場合では差異が出るんですね。
システム外とシステム内の差でしょうか?」
そう言ってから、エルは目を瞑り、自身の中にある能力に意識を傾ける。
月城から譲り受けた『停止する運命』が自身の性質を受けて変化した能力。 小さく微笑んで、エルは俺を見た。
「アキさん。 その、何も言わずに僕に身を任せてくれませんか?」
「えっ、何、エルたん突然どうしたの? 相手を凶暴化させる能力にでも目覚めちゃったの?」
「違いますけど、その……とりあえず、百聞は一見にってことですよ。
行きます、神祈月の流転!
いひひひひひ、いーっひっひっひ」
エルが頬を限界まで緩ませながら、新たに得た能力を発動させる。
笑いすぎていて少し怖い。
エルの手から時計のような光が現れて、その針が左に回る。 逆転に動く時計が、俺に迫ってくる。
「大丈夫ですよ、いひひ。 痛くはないですからね」
目を瞑り、その能力を受け入れると、身体から力が抜け落ちていくように感じる。
ズボンがゆるまり、ずり落ちそうになるのを支える。
座っていた身体が微妙に居心地の悪い場所に移動しているのか。
「なんだこの能力は」
全体的に深いなことが起こる能力? などと考えながら言うと、知らない人の声が聞こえた。
キョロキョロと見回すと、真横にエルの顔があり少し驚く。
「あれ、なんだ、エルがデカくなった?」
いや、違う。 知らない声が俺の喉から発せられていて、エルと同じ目線になっている。
これは、まさかーー。
「アキくんが、エルたんとキスしても問題なさそうな姿に……!
これは、アキくんをショタ化させる能力!?」
驚いている月城をエルは無視して俺の体を触る。
「いひひ、おっきなアキさんもかっこいいですけど、ちっちゃいアキさんも可愛いです。 いひひ」
俺が、子供になった。 らしい。
「いひひ、見た感じ8歳ぐらいでしょうか?
可愛いですね! すごくいいです!」
エルがべたべたと嬉しそうに俺を触る。 ……これはこれでいいかもしれない。
エルが俺の頭を撫でていると、徐々に身体が元に戻っていくのが感じられる。
「あれ、戻ってしまいました? ん、子供なアキさんもいいですけど、やっぱりこっちのアキさんの方がいいかもです。 いひひ」
「……なんか、すごい能力だね。 使えそうにはない……」
「いえ、別に物なら何でも出来るみたいですよ。
やっぱり、精神に依存するからか、アキさんには通りやすいっぽいですけど、色んな物の時間を巻き戻すことが出来るみたいです。 ゆっくり動く光の時計を当てる必要がありますし、巻き戻せる時間も一瞬ですけど」
巻き戻しても、一瞬ならば大して強くはない気もするが……例えばロトにぶつけたとしたら、能力や魔力を失い、身体能力も下がった状態で数秒間はいさせることができるのか。
「レベルが低かったからかな? ……でも、やっぱり元々の能力の方が強かったよね」
「……そうですね。
まぁ、そこは仕方ない気もします」
エルはもう一度能力を発動させて、俺に向かって放つ。 とりあえず間にシールドを貼ると、当たった瞬間に掻き消される。
「一つ聞きたいんだが、それはエルにも使えるのか?」
「……アキくんはこれ以上のロリを求めるのか」
月城が俺から距離を取る。 エルも少し嫌そうな表情をしていた。




