お家に帰ろう②
モタモタしていると月城に手を引っ張られそうになるが、エルが嫌そうな顔をすると手を引っ込めた。
「急いで急いで」
急ぐ必要のあるものとはなんだろうか。 紅茶が冷めたりでもするのかと思っていると、一つの部屋の扉を月城が開け放った。
扉から見えたのは、一人の勇者。 黒髪黒眼の男で、歳は俺と同じぐらいか。
「こいつがどうしたんだ?」
そう尋ねながらエルの方を向くと、エルは驚いたような表情をして一歩下がった。
「三輪くん……?」
「雨夜……やっと、会えたな」
三輪と呼ばれた男はエルの昔の名前を呼んだ。
人の良さそうな整った顔を緩ませて笑みを作る。 その男の顔は知らなかったが、名前には聞き覚えがあった。
確か、エルとは同じ級にいたらしく「クラスメート」らしい。
三輪を見ているとなんとなくの不快感が湧くが、とりあえずエルの手を握る。
何でこんなにも不快なのか、三輪を見ていると気がつく。
こいつ、エルのことをものすごく凝視している。
半ズボンから伸びて素肌の見えている脚、薄い尻、細っこい腰、ない胸、可愛らしい顔。 下から舐めるように見ていて、強い不快感が湧きでる。 視界を遮るようにエルと三輪の間に立つ。
最後に繋がれている俺とエルの手を見て、一瞬だけ顔を顰めて俺の眼を見る。
「会いたかった、雨夜。 ……クラスメートだからな」
一瞬だけ、言葉を選んだ様子を見て、俺のことは月城から聞いているらしいことを察した。
エルの手を引いて、横にいるエルを俺の背に移動させる。
腰に手をやるが、最後に帯剣していないことに気が付いて舌打ちをする。 持っていたら殺せていたのに。
こいつは敵だ。 三輪も同じように思っているのか、睨み合いになる。 そんな中、エルが俺の背中からひょこりと顔を出した。
「えと……お久しぶりです。 その、お元気でしたか?」
そのエルの言葉を聞いて、無用な心配であったことに気が付いた。
三輪からしたら違うようだが、エルからするとただの顔見知りらしく軽く人見知りをしている。
「三輪くんはね、なんか他国の国付きの勇者だったらしいんだけど、戦争と魔物で国が滅びちゃったから逃げてきたら、ここに辿り着けたんだって」
「国付き、ですか」
おそらく性格が悪いのではないかと思われている国付きの勇者。 そうだと聞き、微妙な表情をする。
あくまでそれは仮説であり、事実かどうかは不明ではあるが……なんとなく警戒心を強める。
「そうそう、聞くも語るも涙無くしてはいられない辛い旅をして、雨夜に会いにここまで辿り着いたんだよ」
「はぁ。 ……ありがとうございます?」
エルは三輪の言葉を不思議そうに聞いたあと、俺の紹介をするように俺の手を上げる。
「えと、この人は僕の旦那さんで、この家の長男のアキレアさんです。
優しい人なんで、仲良くしてください」
エルがそう言ってから、しばらくの間、言葉がなくなり静寂が部屋を襲った。 エルが不思議そうに俺の顔を見る。
「よろしく」
仕方なく言うと、三輪も渋々といった様子で返す。
「よろしくな、ルト」
明らかに三輪も敵意を抱いているが、直接敵に回ることはないらしい。
「確か、妻の昔の同級生だったか?」
「そうそう、日本では仲良くしていてね。 日本に戻ってからも、仲良く出来たらいいな」
「仲良く……?」
月城が言うが、三輪は大して気にする様子もなく続ける。
「それで、せっかく再開出来たんだし、色々交友を深めないか? 積もる話もあることだし。 そうだ、美味い店も見つけたから、まだ食ってないんだったらそこにいこうか」
叩き切りてえ、そう思うが否定する理由もあまりなかったので仕方なく四人で行くことになる。
雪の降る中、エルが魔法で周囲の温度を調整しながらその店に向かう。
「雨夜、寒くないか?」
「大丈夫ですよ。 魔法で周囲の温度を調整出来るので、三輪くんのところも暖かくしましょうか?」
「いや、それはいいけど。 魔法でそんなこと出来るんだな」
この男、非常に不愉快である。
いっそぶん殴ってしまいたいが、エルの手前で力業に出ることも出来ない。
あまり親しいようには見えないから我慢出来るが。
「そう言えばエル。 ……日本に帰るとか、考えているのか?」
俺が尋ねると、エルは少し迷ったような表情を見せてから俺の目を見た。
エルが帰りたがろうと、エルのことを手放す気は一切ない。 俺が「エルが帰るなら死ぬ」とでも自分を人質にしたらエルは一緒にいてくれるだろう。 最悪、自殺出来ないように縛って閉じ込めるが。
「お母さんはすごく心配ですけど、アキさんを置いて帰るつもりはないですよ。
僕はいつか帰るつもりですけど……絶対にアキさんを連れて帰りますから。 その時は抵抗せずに連れて帰られてくださいね」
「……日本にこいつを連れて帰るのとか無理だろ。
それに戸籍も何もないのに」
「僕が頑張って働きます。 アキさんはこっそりとお家で飼えば……。 アキさんが来るのを嫌がっても、魔法で洗脳して縛ったらどうにかなりますから。
地球に一緒に連れて帰る方法の目星はついていますし」
エルのいた世界に俺を連れて行く方法……。 エルとこの世界なら間違いなくエルの方を選ぶので一緒に向かうのは問題ないが、そんな方法あるのだろうか。
「……ないとは思いますが、もしかしたら女神様が聞いているかもしれないので方法とかの詳細は言えませんけど」
女神を敵に回すかもしれないということだろうか。 いや、確か勇者をこっちに持ってくるのがダメなんだったか?
昔から何度も連れて来ている上に、まだ連れ戻していないので嘘のようにも感じるが、言わない方がいいのか。
「こっちの物を日本に持っていけるとは思えないんだけど」
悔しそうな表情をしている三輪が尋ねる。
「それは出来るみたいです。 女神様とお話しした時に、鎧とか衣服とかなら一緒に戻してくれるって約束してくれましたから。
多分、神様の力があれば……」
そう言ったあと、エルは口を噤む。
月城が三輪の肩を叩き、言った。
「諦めた方がいいよ。 他に女の子紹介しよっか? メイドさんとかいるよ?」
「……異世界召喚なんてなければいいのに」
とりあえず、月城が諦めるように説得してくれているので放っておいても大丈夫そうだ。 そもそも、こいつとは関わることも少ないだろう。
小洒落た店に、落ち込んでいる三輪が入っていき、それに続いて入る。
エルの横の席に座って一息吐き出す。
「大丈夫ですか?」
「あー、まぁ問題ない」
旅の疲れからか、軽く疲れているような気がするが、基本的にエルの魔法で身体は元気なはずなので問題はないだろう。
身体を軽く解すが、どうにも力が入らない感覚がする。 ……瘴気が足りないのかもしれない。
適当に料理を注文したあと、月城が切り出した。
「じゃあ、再会できた喜びを祝って、かんぱーい」
「水だぞ」
「それで、どうする? 何から話す?
ここまできた流れでも話しちゃう?」
だいたいは分かっているが、時間が惜しいというわけでもないので何からでもいいだろう。 月城の言葉に頷いた。




