君が変わりたいと望んでも③
「工房?」
俺が尋ねると、エルは頷いた。
「はい。 直接お城?に向かっても、僕達二人では取り合ってもらえるか分かりませんけど。 工房だと直接の面識がそこそこある人がいるはずです。
あるいは未だに開発に携わっている可能性だってあります」
「ああ、なるほど」
上手く交渉出来たら、勇者に話を通すことも出来るかもしれないのか。
そうと決まればその工房、に向かう必要があるが……。
「道を聞くにしても、具体的にどの工房って決まってるわけでもないしな……」
「とりあえず、日銭稼ぎも兼ねるために、ギルドに行って、街を知れるもの、あるいは工房に関連がありそうなものの依頼を受けようと思います。
とにかく、お金が足りないので」
そんなことをしていて時間は大丈夫なのかと思うが、戦争なんてそんなすぐに始まるものでもないか。
もし始まったとしても、大事にならなければエルの浄化でどうにでもなる。
「分かった」
エルの言葉に頷いてから歩く。
エルは何の迷いもなく歩き始めているが、道が分かっているのだろうか。
「ん、病院……治療院でしたっけ。 と、ギルドはどの街でも結構近くにあるらしいです。 その方向が瘴気が濃いはずなので、ぱっと見見渡して、中央に近くないところで瘴気が濃いところに向かえば、近くには辿り着けるはずです」
「そうなのか」
その理屈だと、突然治療中に魔物が発生したりしそうで怖いな。
軽く頷いていると、エルが口を開いて説明する。
「この世界は、街が小さいですよね。 結構な距離が離れていますし」
「そうか? こんなものだと思うが」
「……僕がいた世界だと。 同じ国、同じ民族で同じ価値観を持っていて。 狩りや農業を主としていない場合、わざわざ離れて住む必要はないんです。
二、三日もかけて交通するのも面倒ですし。
その土地に限られた価値があるわけでもないので、バラバラよりもくっ付いていた方が色々と能率はいいはずなんです」
エルの言いたいことが分からずに、首を傾げる。
「この世界では……一定以上の大きさになると、街は潰れます」
そう断言した。 俺はやっと、その意味に気がついた。
人が集まれば、その場で人が多く死に、その分だけ濃い瘴気が発生する。
そして濃ければ濃いだけ強い魔物が発生して、人を殺す。 人が死ねばまた瘴気が発生。
ある程度、以上の瘴気が発生すると、街は耐えきることが出来ずに滅びることになる。
「……この街の端、新しい建物が多かったよな?」
「はい。 おそらく魔物の侵攻に耐えられずに、逃げてきた人が多いんだと思います」
「金もない、仕事もない奴が溢れているかもしれないのか」
エルは頷いた。
思っていたよりも切羽詰まった状況だったのかもしれない。
「この世界は歪です。
人が、発展を遂げることが、出来ないようになっています。 何千年も昔から魔王と勇者は争い続けてきて、まだ完全に倒すことが出来ていない。 ではなく……完全に倒したとしても、街ではなく世界という単位で瘴気が集まり、魔王を産み出しているのだとしたら……」
「人が発展するほど、魔王の復活……誕生が早まり、人を減らす」
だとすると、人が絶滅するまで、魔王は蘇り続ける。 人は殺され続ける。
「世界平和……とか、世界を救う、とか……。 不可能じゃないですか。
昔の勇者は、技術の発展させられなかったのではなくて、発展させなかったんです」
発展すれば人は増えて、滅びは近寄る。
ここに来て、行き詰まりを感じる。
「アキさん。 僕は会えたとして、何を言えばいいんでしょうか……」
説得は、無理だろう。 そもそも、戦関連の技術を軽く規制する程度ならば上手くいく可能性があっただけで、技術を全面的に発展させないように、なんて不可能に近い。
情報を渡して、終わり、解決。 とはならないだろう。
ここまできて、自身の力のなさを思い知る。 いや、ここまで来たから理解出来たことか。
エルが王都に纏わり付いている瘴気を目にして、エルの世界ではあり得ないような王都の規模の小ささを知って、やっとそれを知るに至った。
「とりあえず、話だけはしないとならないだろう。 情報の交換は最低限必要だろう」
「そう、ですね。 僕たちに出来ることなんて、それぐらで……。
いや、すみません。 違います。 僕の目的はそれではなくて、アキさんの幸せです。 それをするのは、目的外の慈善事業だから……」
エルは自分に言い聞かせるように言う。 エルは優しい少女だ人を出来る限り助けようとする、人に優しく、自分には厳しい聖人のような人間だ。
その性格を捻じ曲げて、俺に尽くそうとしている。
俺のせいでエルが不自由になっている。 その事に酷い責を感じるが、それと同時に誰にも口外することが出来ないような感情が芽生える。
嬉しい。 純粋な喜びが、身体中から沸き起こるように感じる。
エルが前に言っていた、仄暗い喜びとは、このことであることに気がつく。
愛する者が、自分のために苦しんでいる。 それは当然ながら強い罪悪感を覚えわ耐え難い自身の至らなさを痛感するが、それと同じ以上に……心理的な征服感、多幸感がある。
エルは自分以上に俺を優先している。 それほど分かりやすい「愛」はそう易々と味わえるものではないだろう。
以前のエルは、俺にこの感情を訴えかけていたのか、と自身の経験を持って理解に至った。
「……もう、着きますね」
「ああ」
はぐれないように、と自分に言い訳をしながら、エルの手を握る。
守られている、甘やかされている、自覚はあるが、それが心地よくて抜け出すことが出来ない。
ならば、せめて俺もエルを守り、支えとなるぐらいは出来るようになりたい。 そう思いながら、ギルドの戸を開いた。
鉄臭い異臭。 瘴気を疑うが、瘴気ならばエルの浄化で消されているはずなので、これは単純に鉄か血の匂いだろう。
瘴気の濃さが示しているように、この周辺には魔物が多いのだろうか。 他のギルドとは違い、誰もが一様に武器を携えている。
だが、その携えている武器は殆どの汚れがなく、新品に近いものであることも同時に見て取れて、違和感すら覚える。
「思ったより、酷い状況ですね」
おそらく彼らは、街の端に新しく住居を構えているもの達だろう。
突然、人が増えて街の端に新しく住居を建てるまではいいとしても、その仕事場までは用意することは出来ないのだろう。 あるいは出来たとしても、多い魔物を狩るためにわざと、とも考えられる。
何にせよ……俺達がどうにか出来るものではない。
「アキさん。 僕は、瘴気を消していいんでしょうか?」
「消すしかないだろう」
二人で依頼が貼られている掲示板や、纏めてある紙束を捲りながら話す。
「でも、それって……仕事がなくなる人がいるんです」
「魔物に殺されて死ぬ人間が出るよりも、路頭に迷う人間が出る方が遥かにマシだろ。
ほっとけばここごと潰れてしまうんだ」
「そう、ですよね。 すみません、当然のことを聞いて。
元々片手間でって、話なのに」
全てを救うことは出来ない。 魔物に潰された村や街の人間だと思われる彼らに追い打ちをかけるように切り捨てることになるが……。
「エル」
少しだけ顔を青くさせているエルの身体を抱き寄せて、落ち着くまで一旦、外に出ようとするが、エルは一枚の紙を握っている。
「ありがとうございます。 でも、依頼を受けてから」
エルの手に握られていた依頼書は工房の雑用の依頼。 あまり報酬は良くないが、目的には沿っているので問題はないだろう。
急いで依頼を受けて、工房の場所を聞いてから外に出る。
「大丈夫か?」
「はい。 大丈夫です。
あの方達を見ているとすこし罪悪感が……」
「悪いことをしているわけではないんだから、感じる必要はないだろ」
そういう問題ではないことは分かっているが、俺はそう言い切ってエルの頭を撫でた。
「分かってます。 この都市ごと見殺しにするつもりは、ないです。 通ってきた街みたいにエリクシルの能力魔法もところどころで使っていこうと思います」
「ああ」
瘴気を永続的に(エルがいなくなった場合はおそらく保たない)に消滅させる力を物に込める能力と魔法の合体技。 消せる範囲はそれほど広くないので、都市全体を守るにはかなりの日数が必要になるだろう。
エルの魔力にも限りがあるので、全体を覆うようにするためには一月はかかるか。
「アキさんが一番、大切なんです。 僕は」
エルは自分に言い聞かせるようにしながら、地面に落ちていた小さな石に、エリクシルを込めた。




