悩みが尽きない幸せもある⑤
エルが欲しい、なんて思っても、それを口に出すほど馬鹿でもないので、違う欲しい物を考える。
食べ物、衣服、娯楽、勉学……どれも満たされている環境にある。
以前なら武器が必要なことが多かったが、今はエルに戦わないように言われているので、買う必要もない。
「特に、ないな」
そう言うとエルは半目で俺を見る。
それを言うならエルもほとんど使っていないだろう。 定期的に醤油を買っているぐらいだ。 それも、大した値段ではない。
エルに文句を言われる筋合いはないと見返してから、頭を掻く。
「そんなに嫌なのか?」
「……はい」
なら仕方ないか。 と諦める。
綺麗で、エルが着たら妖精みたいになるんだろうな、とは思うが……俺の望みばかりを押し通すわけにもいかない。
「じゃあ、少しまわって見てから帰りましょう」
月城が興味津々といった様子で色々見ているところを見ながら、エルは言った。 月城が飽きるまで見て回るしかないか。
鮮やかなもの、艶やかなもの、淡い色合いのもの、華美なもの、質素なもの。 それほど気にしたことはなかったが、様々な種類があるようだ。
俺にはよく分からないが、エルは見ただけでどのような種族がどのような場所に住んでいるのか、などが分かるらしく、時折「こんな種族はいるのか?」という旨の質問を俺にする。
元々知っていたかのように特徴を告げていく姿を見ると、賢いとはこういうものなのかと納得する。
エルはロトの方が賢いと言っているが、微妙に分野が違うように思える。
一通り服を見終えたあと、月城が三着の服を購入してから外に出た。
月城が持っている荷物を代わりに持つ。 月城は軽く礼を言ったあと、寂しそうに尋ねる。
「エルたんとアキくんは、いつ王都に向かうつもり?」
「ん、明日、結婚式……一応結婚式っぽいのをしたあと、用意をして、明後日か明々後日ぐらいですかね。
ゆっくりもしていられませんし」
「そっか。 まぁ……戻ってこないわけではないだろうしね。 あっちにいって落ち着いたら、手紙ぐらい頂戴ね」
「はい!」
明後日か、明々後日か。 ……エルとのゆっくりとした生活は、向こうに着いてからだな。
それも上手く出来るか分からないが。
「はぁ、寂しくなるね……」
「ん、お義父さん……とか、メイドさんとか、話したりしないんですか?」
「少しはするんだけど……」
「ああ、エル。 あの家の使用人は基本的には話したりはしないぞ。
父親が……人と話すのが苦手だから」
「あれってそんな理由が……!」
俺やレイもだが、父親は基本的にダメな人間だ。 頭が悪いし、言葉数も少なく、人と関わりが絶妙に苦手である。
それでも、能力は高く評価されているので、余って補えているとは思うが。
「ヴァイスさん、ダメな人だね……。 レイくんもあれだったけど」
「あれですか?」
「うん。 夜中に調理場に忍び込んで食い荒らしたり……。
持ってるお金を全部食費に使ったり。 なんか食べてる印象しかないや。 年齢的にそうなるのも仕方ないのかもしれないけど」
「ん、アキさんも変なところありますし、そういう家庭なのかもしれないですね」
昔から多少妙な家だと思っていたが、今考えてみると魔物化の影響があるのかもしれない。
頭が悪いのはそれのせいだ。 と思いたい。
「アキくんも変なの? いや、ちょっと変わってるのは分かるけど」
「……まぁ、ちんちくりんな僕とこういった関係になりましたし」
「おっ、惚気?」
「違いますよ。 いえ、違わないかもですけど。
ん……なんて言うか、あれですね、あれですよ」
「ああ、あれね。 確かにアキくんはあれっぽいね」
あれってなんだろうか。 軽く疑問に思うが、二人が話している中に入りにくいので聞くことも出来ずに歩く。
帰った頃にはもう夕暮れになっていて、食事を摂ってから、部屋に戻った。
「もう暗いし、寝ろよ?」
エルは本を読むために能力の浄化で額を光らせていて、少しだけ面白い。
「ん、もう少し読んでからにします。
魔法についての知識はもっと欲しいので……。
明るいようなら、外に出ますけど」
「いや、いい」
「ん、僕が横にいなくて寂しいんですか? それなら、もう読むのやめますね」
エルはそう言ってから本をパタリと閉じて、光を消した。 急に光が消えて目が見えなくなる。
ベッドが俺とは違う重みで少し凹む感覚。 俺の頭を優しく撫でる手に、思わず少しだけ笑んでしまう。
「アキさんは、僕には甘えてもいいですよ?」
とりあえず、エルを抱きしめてみる。
「いひひ。 ずっと悩んでいたみたいですけど、お金の問題も、僕がなんとかしますから、安心してくださいね」
「いや、俺も何か……」
「ずっと頑張っていたんですから、少しゆっくりしていてください」
そう言ってからエルは、俺を抱きしめ返して頭を撫でた。 何かとんでもなくダメな奴になりそうだ。
◆◆◆◆◆
結婚式、あるいは披露宴というものが始まった。 参加人数は三人で、用意をするのも三人。 部屋も小部屋一つで机の上に月城が溜め込んでいた菓子が並べられている。
それ以外にいつもと違うところはなく、式と呼ぶには質素もすぎるものだ。 せめてエルが着飾ればもう少しはそれらしく見えるかもしれないが、残念ながらいつもどおりだ。
「……とりあえず、誓いのキスとかする?」
「いえ、しませんよ。 今の状況でそれをしたら、ただ月城さんにちゅーを見せてるだけじゃないですか」
やることもないので、三人で椅子に座る。
元から出来ることなんてないだろうと計画を立てていなかったので、やることがなくて手持ち無沙汰である。
「いえーい、結婚おめでとうー! ふぅー!」
「無理に盛り上げなくてもいいですよ」
「せめて私が十人分ぐらい盛り上げようかと……。
まぁ……異世界だし、結婚式に人が来なくても……仕方ないって」
甘くなさそうな菓子を手にとって、口に運ぶ。 意外にもすごく甘かった。
「結婚式の日に慰められることになるとは思っていませんでした。
あと、日本にいてもお祝いしにきてくれる人はいませんよ」
「私と……他にもきっといるって、三輪君はお祝いしてくれないだろうけど、多分他の二人は……。
あとはエルたんの子供の時からのアルバムを纏めて、ひたすらそれをスクリーンに流してお茶を濁せば……間は持つ!」
「三輪君は来てくれないんですか? まぁ忙しそうですもんね。 関わりの薄い人の式にはこないですよね。
僕のアルバムって、途中から場所と服装ぐらいしか変わってないので、間を持たせるのには向いてませんよ?」
月城の淹れた紅茶を飲む。 上手い。
高いだけある。
「いや、だって三輪君って……いや、今言うことじゃないか。
それにしても、エルちゃんってどれぐらいから変わってないの?」
「身長だったら、三年生の時からですね。 少しは伸びてますけど……」
「へー、というか、それはそれで盛り上がりそうだよね。 ネタ的に」
「身長でからかわれるのは嫌ですよ。
ん、今更ですけど、一人しか参加してない結婚式って何をすればいいんでしょうか」
「……さあ?」
結婚式は滞りなく終了した。




