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悩みが尽きない幸せもある①

 無数に降り注ぐ土の矢を回避、あるいは弾きながら、目の前にいるロトを見る。

 俺よりもロトの方が、状況の判断の能力が高い。

 乱雑に降る矢を、俺は大きな動きで避けながら、ロトは自然と矢の方が避けるかのように避ける動きと俺への攻撃の手を同時に行っている。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 起死回生を図るために、土の矢が降り続く一瞬の研ぎ目を狙って、俺の放てる最強、最速の一撃を放つ。

 俺が分かるほどの分かりやすい、一瞬の矢が当たらない瞬間。 それが俺よりも判断能力に優れるロトに分からないはずがない。


 高みへと朽ちゆく刃を放つための小さな予備動作。 その瞬間、ロトが小さく笑んだのが分かる。

 失敗した。 それを理解しても動きが止まることはない。


 浮遊感。 投げられたーー。 のが分かるのはそれほど時間がかからなかった。

 貫くはずの降り注ぐ土の矢が俺の身体に触れた瞬間に霧散していく。


「剣壊剣術、奥義「高み返し」!」


 俺が振るった力の向きを変えて、投げ飛ばしたのだろう。 奥義が特定の技の返し技というのはどうなのかと考えながら、空中で身体を捻って着地した。


「俺の負けか」


 上手い戦い方だった。

 始めはレイの大規模土魔法で地面を隆起と陥没を繰り返させて俺の動きを止め、その中でもロトは平気で戦える。

 足場が悪く、実質、高みへと朽ちゆく刃が扱えない状況の中で、息を切らせながらロトを追い詰めていると、ロトを巻き込むような大規模土魔法を降らせて無理矢理俺とロトの距離を取らせる。

 それからも搦め手を多用し、俺の体力を削り取り……俺が焦り、高みへと朽ちゆく刃を放った瞬間にロトが新しく編み出したらしい、高みへと朽ちゆく刃の返し技を放った。


 よく俺のことを知っており、対策を充分に練ったというのがよく分かる。


「おう、俺達の勝ちだな」


 ロトが息を荒げながら、勝ち誇るように笑う。 遠くに離れていたレイも全身から汗を噴き出しながら、満足したように笑んでいる。


 一切の悔しさはなく、敗北したというのに清々しい気分だ。 一言、ロトとレイに向かって言う。


「ありがとう」


 その言葉を聞いて、レイは少し顔を顰める。

 ロトは思い切りにやけて、俺に向かって祝いの言葉を放った。


「おめでとう。 魔物を乱入させるわけにはいかねえから、式には行けないが祝福しとく。

存分にいちゃいちゃでもしてろよ」


 そのためにここまでやってくれたのか。 そう思うと、ロトを友人に持ったことに幸福感と誇りを覚える。

 いい奴だ。 エルとの仲を応援してくれるし。 ……レイはそれほどよく思っていなかったし、リアナとグラウは説教、他は特に関わりがないので、単純に認めてくれているのはロトだけだ。


 グラウとリアナは、まぁ、エルと俺のことを思ってなのだろうが。


「無理させて悪い」


「いや、お前なんて全然楽勝だし! アキのためじゃないんだからねっ!」


 ヘラヘラとロトは笑った。

 なんとなく笑いあっていると、レイが疲労のせいか笑顔のまま倒れる。


 この敗北で、エルと共に過ごす覚悟が出来た。


◆◆◆◆◆


 父親から結婚の許可を取るのは簡単だった。 『結婚する』『ああ』それで話は終わり、エルと俺の結婚は無事に決定した。


 家に戻ってからはロトとレイ、リアナ、ケトを送り出し、まともに話せる知り合いはエルと月城だけだ。

 ゆっくりと過ごせるのも悪くないが、戦いをしないというのも、少し不自然に感じ始める。


 月城が淹れた紅茶を口に含み、ゆっくりと嚥下する。


「改めて、おめでとうだね」


 エルは、月城が焼いたクッキーを齧っていた手を止めて、ゆっくりと頭を下げた。


「んぅ、ありがとうございます。

三輪君達を探せなくて、申し訳ないですけど……」


「元々エルちゃん達に頼むのが筋違いだからね。 一応、ロト君も頼まれてくれたしね」


 ちゃっかりしている。 月城が作ったクッキーを齧る。 小麦粉らしい甘味、ナッツの風味に、少しだけ渋みのある紅茶がよく合う。

 甘い物はそれほど好きでもないが、これは素直に美味いと思える。

 よほど暇だったんだろうな。 などと失礼なことを考えていると、月城が小さく微笑んだ。


「それでアキさん。 結婚の書類なんですけど、あれで不備はないですよね?

書く内容が少なすぎて不安です……」


「そうか? こんなものだと思うが」


 紙一枚に色々と二人で書き込んだが、あれであっているはずだ。 まぁ間違っていても書き直せばいいだけだが。


 また紅茶を一口飲んで、息を吐き出す。


「色々、結婚したあとのことも話さないとですね」


「ああ、ずっとここにいるわけにもいかない。 収入もないからな」


 いざとなれば適当に魔物を狩りまくればいいだけなのだが、それをすると……気持ちが昂ぶるのと、魔物らしい好戦性が表層に出てきてしまう。

 それはロトにも悪い。


「アキくんも就職か……大変だね。 ニートは楽でいいよ。 というか、戦う以外に何か出来ることあるの?」


「一応、書籍の翻訳ぐらいなら出来るとは思うが……」


「アキさんは語学が堪能ですからね」


 俺の戦闘以外の唯一の長所かもしれない。

 少し考えていると、エルが口を開いた。


「僕のエリクシルって魔法あるじゃないですか?」


「ああ、あるな」


「あれって能力が混じってるからか、基本的に永続的になんですよ。 その分魔力の消費も激しいですけど。

売れたりしないですかね?」


 少し考えてから口を開く。


「瘴気を消すのが有用なのは確かだが、瘴気の存在自体が一般的じゃないから難しいと思う」


「ん、お金ももらえて、世界も平和に近づくいい手だと思ったんですけどね。

勇者として、前面には出れなくてもちょっとは援護したいですし」


 二人で小さく溜息を吐き出す。 結婚すると言っても、幾つも問題があって困る。


「旅とか戦闘はもう無理だな。 子供が出来るかもしれな言ってもしな……」


「……子供!?」


 月城が驚いたように紅茶のカップを音を立てて皿の上に戻す。

 あれ、これは言わない方が良かったことだったか。


「ん、アキ……さん……」


 エルは顔を真っ赤に染めて、俺を見つめた。 謝ると、エルは俺から目を逸らし、月城と目が合ったと思うとまた逸らして下に俯く。

 月城がじっと俺の顔を見つめるので、首を横に振って誤魔化す。


「ああ、いや、いつか、欲しいからな」


「ああ、そういうことか。 アキくんがヤバい人かと思ってしまったよ」


「……おう」


 お茶を濁すようにクッキーを齧って頷く。 美味い筈のクッキーの味がよく分からない。

 誤魔化すために元の話題に戻そうとする。


「それで、金銭の話か。 難しいな」


「んー、色々考えては見てるんですけど、戦わずにってのは難しいですね。

街から街への移動だけでも、ですから」


 俺もエルも立場が立場なだけに、雇われて何かをするってのは難しい。 貯蓄も少しはあるのでしばらくはどうにかなるし、いざとなれば適当に魔物を狩ればいいだけだが、ずっとそうしているわけにもいかないだろう。


「お金ね……。

そういえば、結婚式とか、披露宴のお金はあるの?」


「……ないですね」


「…………ないな。

一日待っていてくれ、立派な式が出来るぐらい……」


「戦わないって言ってから、三日も経ってないのですが。

んぅ……アキさんが剣術道場を開くっていうのはどうですか?

勇者の村でもしていましたし」


「あれは人数が少なかったから、教えるのが下手でもどうにかなっていただけだ。 人数が増えたら、無理だな」


 そう言ってから溜息を吐き出す。 思ったよりも、俺は無能だな。

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