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逃避、その意味、その価値、その結果⑥

 樹が伸びをしながら光り、浄化される。


「ん、ルトさんが先に起きてると、少し恥ずかしいです。

寝顔とか見られますし」


「そうか。 悪いな」


 延々と眺め続けてしまって。 とは言えずに、目を反らす。

 樹は寝ている中で皺の付いた服を伸ばしてからため息を吐き出す。


「やっぱりパジャマ……寝巻きは必要ですね。 でも恥ずかしい……」


 そう言いながら、俺の顔をちらりと見つめた。

 目を逸らして、見てと何度か繰り返した末に結論を出したのか頷く。


「どうせ旅には持っていけないので、止めておきます。 ルトさんが頑張った分を無駄使いするわけにはいかないので」


「ああ、その旅のことなんだが……。

弟のレイが、ロトが向かっているのと同じ方向にいる魔物の群れをを退治しに行きたいらしい」


「魔物の群れの退治、ですか?」


「ああ、具体的な話は聞いていないが、おそらくはロトに渡している絵本に釣られている魔物共だと思う、

それで……俺に、俺たちに協力してほしいらしい」


 樹は少し驚いたような表情を見せてから俺に尋ねた。


「ルトさんはどうしたいんですか?

ルトさんが協力したいのなら、目的地が近いなら同行してもいいと思いますが」


 俺の考えか。

 どうしたいのかは分からないが……レイが名を上げる必要があるのは、俺の代わりに家を継ぐためだろう。

 このエンブルク家の主な仕事は戦闘だ。 魔物と戦ったり、ならず者と戦ったりと。 その割には私兵は持っていないが……まぁ当主一人で一騎当千ではある。

 勿論やることはそれのみでもないが、ここの家においては、力こそ信用を勝ち取る手段ではある。


「樹と結婚するのをよりやりやすくするためには必要なことだとは思う。

次男のレイに継がせるにはどうしても、普通以上の実績がないと周りが納得しないだろう。

俺が家を継いで当主になれば、親戚の家の奴と結婚して子を設ける必要があるからな。 今代では父親の意向で一人だが、普通は数人の側妻もいたりするらしい」


「それは嫌ですね。 それにしても、親戚? ですか」


「それは最近俺も知ったことだが……ほら、この血が薄まらないようにってことらしい」


 瘴気に侵されやすく、魔物になりやすい体質。

 親戚の連中とはほとんど顔を合わせたことはないが、紅い目をしている奴が多く、レイと同じように少しだけ魔物に侵食されている……らしい。


 まぁ詳しいところは聞いていない、読んでもいないので分からないが、この家の存続のためにはその対瘴気性の低い体質を維持する必要がある。 そのために親戚の中でも特に対瘴気性の低い娘が嫁いできて、子を産んでそれが後継になる。

 上手くいけば俺や父親のような「完成品」が生まれるということだ。

 後継ぎ以外は反対に婿に行ったり、あるいは予備として子を設けたりらしい。


「ん、なんか怖いですね……」


 気持ちは分からないわけではない。 俺も最近知ったその異常さに軽く引いている。


「あっ、すみません。 ルトさんのお家なのに……」


「いや、同感だな」


「……もしかして、ルトさんと僕との子供が出来たら、弟さんと婚約することになったりしますか?」


「エルとの子供……いや、樹とのか」


 考えただけで頬が緩むが、引き締め直して考える。


「まあ、考えたくはないが充分にあり得るな」


「弟さんって14歳でしたよね。 15歳差の恋愛……は、なさそうですし……。 や、でもアキさんみたいなロリコンだったら……」


 樹は考えた末に結論を出した。


「僕は……嫌ですね。 お家の都合で勝手に結婚相手を決めるなんて」


「そうなのか?」


 考えてみれば、俺も樹と一緒になれないのならば間違いなく家を出るだろう。 私兵も財産も少ないので、昔の父親と母親とグラウの逃避行ではないが、逃げ切ることぐらいは余裕だろう。


「そうだな。 それは自由にさせてやりたい。

というか……15歳差……?」


 それだと来年には産まれていることになる。


「無理だろう」


「ん、すみません。 以前立てていた計画が思わず漏れてしまいました。

でも、一ヶ月で魔王を倒して、それから結婚したら充分にいけますよ!」


「いや、樹が子供産むのは……どう考えても」


「……僕、もう大人ですから。

アキさんの子供も、大丈夫ですよ……?」


 なんとなく如何わしい気持ちになるが、まともに考えて無理であると首を横に振る。

 樹は大人ぶりたいのだろうが、身体の大きさからして難しいのは見たらすぐに分かる。 それ以前に、魔王を一ヶ月で倒すのも無理だ。

 それに加えて……頰にするキスでさえ恥ずかしがって嫌がるのに、何を言っているのか。


「無理だろ。 ……無理はするな」


「んぅ、まぁ、まだ早い……ですよね。 貯金もないですし、定職にも就いていませんものね」


「そういう話ではないんだが……。

まぁ、でも、結婚は……したいな」


「したいです。 すごく。

りーちゃんも、僕達には仲良い夫婦になってほしいって言っていました」


「……ああ」


 お互い吹っ切れていないので少し暗い気分になるが、どこか勇気付けられたような気がする。


「仲良い夫婦ってどんなことをするんだ?」


「……僕、あまりよく知らないです」


「俺も、幼い時に見ただけだから」


 まともに夫婦というものを知らないことを思い出して、分からないなと言い合う。


「イメージでは、結婚前のように毎週末にデート、お出かけをしたり……。子供が出来たら無理ですね」


 だから子供は無理だろ。 とは突っ込まずに頷く。


「よく分かんないです。 けど、楽しみです。 いひひ」


「ああ、そうだな」


 今も恋人らしいことは出来ていないが。 というか恋人らしいことってなんだ。 キスをしたり……それ以上のことをしたり? だけではないよな。

 話をしたり、は恋人でなくともする。


「樹。 キスしよう」


「えっ、あ、ちゅーですか? そんな突然言われても……恥ずかしいですよぅ」


 樹の身体を抱き寄せるが、いやいや、と手で抵抗される。


「…….そういうのはもっとロマンチックなところでじゃないと……。 素のテンションでは羞恥心が」


「……やっぱり無理だろ」


「えっ? 何がですか?」


「なんでもない。

それで、随分脱線してしまったが、レイとの同行の話だが……」


「ん、ルトさんがいいなら、いいんじゃないですか?

ルトさんと結婚するために必要なことみたいですし、いつかは義弟さんになるので、ある程度仲良くはしておかないと」


「仲良くはするな」


「えっ?」


 思わず言葉が口から漏れ出した。 レイとは仲良くして欲しくない。 樹のような魅力的な女性と仲良くしたら、レイも惚れてしまう可能性もある。 むしろ樹には惚れてしまうのが普通の反応だ。 いっそ樹に惚れない男がおかしい。 極論、老若男女問わずエルの魅力に取り付かれてエルが世界を統べることにより世界平和が訪れても不思議ではない。


「なんでもない。 気にするな。

じゃあ、後でレイと旅の計画を立てに行こう。 おそらく馬車とか御者はここの家の物を使うことになるだろう」


「んぅ、それなら、ロトさんに追いつくのも無理じゃないかもしれないですね。

……ここに魔物の群れが留まってるって情報が届くぐらいってことは、たぶん難航してるんでしょうし。

負けてはないみたいですけど」


「……もしかしたら、魔物が近寄ってこれないことをいいことにどんどん進んでいたら、大量に引き連れてしまったのか?」


「トレインですか……。 まぁ、ありそうですね」


 よくわからない言葉を吐いたあと、エルが頷きながら言った。


「魔物の群れの退治は必須ですね」

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