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逃避、その意味、その価値、その結果②

 エルとの旅は順調だった。

 旅とは言えど、馬車に乗り三日。 魔物を倒して、他の人の戦闘方法を見て真似てとしていれば一瞬で過ぎていった。


 流血。 グラウが「木剣」父親が「血紅鎧」などと呼ばれるのと同じように、俺はそう呼ばれ初めているらしい。

 普段から戦闘ごとにボロボロになるようなギリギリの戦い、それでも勝ったが故に呼ばれたのだ。 あまり格好良いとは思えないが、俺の臆病な本性を隠してくれるような勇猛な二つ名であるようにも思えた。


 その二つ名も役に立ったのか、待遇は悪くない。 というか、護衛として動く代わりに……つまり予定通りにしているだけで馬車代を負けてくれた。 言い値で引き受けたので、おそらくは良いように安値で使われていたのだが、都合は悪くなかった。


 どうでもいい話だが、樹には特に二つ名はなかった。


「僕はお義父さんに挨拶をしたあと、月城さんとお話をするつもりなので、ルトさんの自室は一人で使ってくださいね」


「…………ああ」


 どこか態度が冷たくなっているが、交際しているとは言えども年頃の男女が一つの部屋で寝泊まりしている方が異常だったのだ。 欲を丸出しにして一緒に寝ようと言うことも出来ないので、頷くしかないだろう。


 馬車から降りて、屋敷の方に向かって歩く。 樹も馬車の旅には少しは慣れたのか、以前のように歩くのさえ辛いなんて状況には陥っていなかった。


 歩いて屋敷に戻ると、代わり映えのなかった屋敷の庭に花が咲いているのが見えた。 父や弟の趣味ではないだろう。

 使用人が勝手にするとも思えないので、この小さな花畑を作った人は自ずと見えてくる。


「月城さん。 元気みたいですね」


 安心したというように樹は息を吐き出した。

 樹は少し深く息を吸い込み、花の香りを楽しんだ後、俺に連れられて屋敷の中に入った。


 使用人に言って、父親の元に向かう。 年がら年中、家の中で篭って仕事をしている父親はさして仕事量が多くないこともあるのか容易に会えるようだ。 扉を叩いてから開ける。


「戻ってきた」


「えと、失礼します」


 父親は書類から目だけをこちらに向けて、息を吐いた。 また息をすいこんでから答える。


「ああ、そうか。

……時々、お前があいつに被って見えて、仕方がない。 早く行け」


「ああ」


 そう言って父親は俺を追い払った。 次はレイに会いに行くべきかと思っていた時に、廊下でバッタリと月城と出会う。


「エルたん! と、アキくん!」


 相変わらずの元気の良い、鬱陶しい声をあげて月城は樹に抱きついた。

 使用人が来ている服が元になっているのだろうが、スカートの丈が短くなっていたり、妙な装飾が付いていたりとしていて、もはや使用人の服と同じ物には見えない。


「んぅ、遅くなって、すみません。

あの、月城さんのお友達や、ペン太さんには会えなかったけど……。 たくさんの勇者とは会いました。 醤油の方とも」


「ん、お疲れ様。 報告は後でもいいよ、疲れてるでしょ?

エルたん用の服とかいっぱい作ったから、後で着てね」


「はい。 ……またすぐに、ロトさん……前に出会っていた勇者の方のところに向かおうと思っているので、ゆっくりは出来ませんが」


 月城は樹の頭を撫でて笑ってから、俺の方を向いて微笑んだ。


「お疲れ様」


「ああ」


 嫉妬深い、ヤキモチ焼きのエルに気を使ってか、その一言だけ言ってから、月城は樹の手を引いて移動を始めた。


「後でルトさんのお部屋に行きますね。 ……一応ノックしてから鍵を開けるので、着替えをしていたらお返事してくださいね」


 いや、鍵を閉めていたら開けるなよ。 会う必要のないときにも会いに来てくれるなら、それほど嫌われていないのか。 あるいはものすごく嫌われていても、それ以上に好きでいてくれているのかもしれないが。

 それはどっちの方がいいのか、マシなのか。


「ああ」


 逃げたのに愛想を尽かされていないだけマシか。

 無理矢理そう納得してから、月城に連れ去られていくのを見送る。


 放っておいても来るだろうが、一応自分からレイの方に行くか。

 いつも自室にいるとは限らないが、レイは自分から市街に出たりするのは好かないので屋敷の中にいることは間違いないだろう。


 魔力の感知をしようとしても、父親の強大な魔力が邪魔でよく分からないが、歩きながら探り続けて、いつも通り自室にいるところを見つける。


 レイは俺が帰ってきたことに気がついたのか、部屋から出てくる。


「……おかえりなさい。

こんなに長いこと帰って来ないなら、声をかけてから出るとかした方がいいんじゃないですか?」


「父親には言っておいた。 わざわざお前に言う必要はないだろう」


「エルちゃんもいなくなってましたから、駆け落ちでもしたのかと驚いてたら、使用人が普通に知っててびっくりしましたよ。

……まぁ、別にいいですけどね」


 どうにも、弟との距離感は掴みきれない。

 レイは俺に色々と求めているのが分かるが、それにどう答えればいいのかも、答え方も分からない。


「……いや、悪い。 次からは声をかける」


 レイは驚いたような表情を見せてから、俺に気を使うように尋ねた。


「兄さん。 熱でもあります?」


「ない。

……じゃあ、また後でな」


 そう言ってから、自室に休みにいく。

 この屋敷は、どうにも息苦しい。 父親、レイ、月城に、数人の使用人。 それに最近は不仲な樹とも共に過ごすのは、不快ではないが疲れる。

 まだ魔物と戦っているときの方が楽な気分だ。


 自室に入って、荷物を下ろす。

 樹の荷物も入っているので、そこそこの重さはあるが、速さだけではなく力もついたのか、それほど苦でもなかった。


 村で使っていたものがすべて入っていたので、とりあえず部屋の中に片付けていくか。 幾つかは持って行くだろうが、全部持って行くということもないだろう。


 樹の服も、浄化があるので一枚ともう一枚予備で持つだけで充分だろう。

 ん? 樹の服。 エルの服……着ていた、服、最近はあまりひっついたり出来ないあの……エルの?


 それが今、俺の手元にあって、エルが……いや、樹が近くにはいない。 つまり、自由にしてもバレない?ってことか。


「いや、違うだろ。 落ち着け俺」


 その瞬間を見られなくても、汁とかが付いたらバレる。

 だが……逆に言えば、鑑賞したり、匂いを嗅いだり程度なら問題ないというわけだ。

 そうとなれば、エルがいや樹が来る前にしておかなければ。


 樹の着ていた服を並べ、中でも長いこと着ている白い服を手に取る。 やはり、あの子といえばこれだ。

 浄化で汗の匂いなどはしないだろうけれど、それでもなんとなく、エル臭はする。 するような気がするだけかもしれないが。


 顔を樹の服に埋めて、幸せに浸る。


 しばらく眺めたり匂ったりと楽しんでいると、ぼとりと何かが落ちる音が聞こえた。


「あ、アキさん……何を……」


 びくり、と身体を震わせて、ゆっくりと後ろを振り向く。


「エル……いや、その。 これは、違うんだ。

片付けをしようと思ってだな」


「片付けで、僕の服に顔を埋めるんですか。

……別に、いいですよ。 怒ってはいません」


 エルは顔を赤く染めて俺を見ていた。

 エルがノックをして、扉を開けるまでの間に時間はそこそこ経っていだろうに。 それほど夢中になっていたのかと、自身の馬鹿さに驚愕する。


「その、悪い。 出来心で」


「……僕のことも好きにすればいいって言ったんですから、そんなことをするぐらいなら」


「……ああ、そうだな」


 情けなさに顔を俯けながら、樹の服を置く。


「その、着たあとの服。 浄化しないで置いておきましょうか?」


「……いや、いい」


 

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