少女の願いと嘘っぱち⑤
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いつか見た、白い空間。
久しぶりである。 実際はそれほど時間が経っているわけではないが、色々あればそういう風に感じてもおかしな話ではない。
真っ白で、何も汚れも異物もない心地良い空間の中に、美しい女性が微笑みながら白い椅子に座っていた。
「お久しぶり、です」
最近はそれほど魔王に対して動いていなかったので、どこか居心地が悪い。
「うん。 久しぶりだね」
「……ごめんなさい。 最近は、その、色々と……ありまして」
「怒ってないから大丈夫だよ。 ーーちゃんは真面目すぎる節があるよね。 そういうところも好きだけど」
いや、真面目って言うよりかは潔癖って言った方が。 そう続けられて、見透かしたような言葉にどこか苦手意識を覚える。
「でも、潔癖な部分もだいぶ良くなってきたよ」
女神様はそう言ってから辺りを見渡した。
以前来た時は確かに真っ白だったはずの地面から、地面ほどではないが白い花が咲いていた。
「アキレ……ノコギリソウですか? 植えたのですか?」
「いや、私はそんなことをしていないよ。 植えたのはーーちゃんだよ」
女神様は楽しそうにそう言った。
花なのにヤケに力強く咲いているそれを見ると、なんとなく笑ってしまうのも分かる。
「僕が、ですか?」
「うん。 ここはーーちゃんの世界だからね。 その精神性を現した形になってるの」
今こそ花が咲いているが、何もなかったあの世界、いや、あの部屋ほどの大きさの空間が僕の精神なのか。
ただの真白。 白く白く白いだけ、それを聞いても、心理テストをしてもらった時のようなどこかおぼろげな感覚しかない。
女神様は白い花を愛でるように見つめてから話を続けた。
「ーーちゃんの世界は、名付けるとしたら『邪影認めぬ清貧たる小部屋』。
私は好きだけど、ちょっと寂しい印象を受ける人が多いんじゃないかな?」
「そう、ですか。 でも、今はアキさんがいるので」
「うん。 よかったね」
一面に咲いているその花を見て顔を綻ばせる。 なんとなく自身の愛情を認められたように感じて嬉しく思った。
ないと思っていたが、吊り橋効果とでも言うべきか、もしかしたら僕は我が身可愛さに身を守るために恋をしているのではないかと、疑ったこともあった。
アキさんに恋をするのは、僕にとってあまりに都合のいいことだったから。
恋人にならずとも守ってくれただろうけど、それでも当初の態度がよくない状態だと、後々になって別れることになったかもしれない。 アキさんに恋をして恋人になれば、確実にアキさんに守ってもらえるだろう。
そんな打算は一切なく純粋にアキさんが好きになっただけだけれど、もしかしたらそれの影響もあったかもしれない。
人間の精神なんて、気がつかない内にでも打算が働いているものだ。
だから、この白いだけの部屋一面に咲くノコギリソウが嬉しかった。
僕は心の底から、奥底からアキさんを愛して恋しているんだと、認められた。
「思春期っぽい悩みをしてるね。 まあ気持ちは分からなくもないよ。
人間って、自分を人質にしてる強盗犯に恋しちゃう生き物だからね。 守ってくれそうで、自分に好意を寄せている男の子がいて、その子を好きになったらその恋心は打算から生み出された自身を守るためのものだって思っちゃうかもしれもんね」
見透かされたような言葉に、事実、僕の心の中を見透かした言葉に頷く。
不快感はほんの少し。
「それで、また質問を聞いていただけるのですか?」
りーちゃんの治療法を知りたいという思いで尋ねると、女神様は首をゆっくりと横に振った。
「なんで……!」
「ごめんね。 私より偉い神様に怒られちゃって……。 それに魔王の影響もあってどうしても。
元々異世界召喚は……ルール違反だから」
「りーちゃんの助け方だけでも!」
「ごめんね。 でも、まじない術なら出来るかもしれないよ。 ……ごめんね」
ごめんねじゃなくて! と口にだそうとするが、上手く言葉が出ない。 納得出来るわけがない。 一方的でめちゃくちゃだ。
ズルい、卑怯だ。 そう頭の中で罵っていると徐々に意識が薄れていく。
「ごめんね」
そんな言葉が聞こえ、強い怒りを覚えた。
◆◆◆◆◆
「エル、大丈夫か!?」
額からあぶら汗を流すエルの身体を揺り起こす。怖い夢でも見ていたのかエルは今にも泣きそうな顔で俺を見た。
「りーちゃんの、ところに行きましょう」
顔色が悪いのにと思うが、エルの俺を掴む力の強さに鬼気迫るものが感じられて頷く。
「だが、背負っていくぞ」
エルは小さく「はい」と返事をして俺の身体を掴む。 ベッドから起き上がり、身体を屈めて乗りやすいようにする。
背にエルの重みと柔らかさを感じてから、手をエルのふとももに伸ばす。 立ち上がって急ぎ足で村の外に出る。
「怖い夢でも見たのか?」
「いえ……そういうわけでは、ないです」
どう見てもそうにしか見えないが、否定するエルを問い詰めるような気にはなれずに諦めて真っ直ぐに歩く。
揺れないように気を使っていたが、それでも早歩きで移動したので短い時間で少女の住む屋敷に着く。
いつものように忍び込もうとすると、少女の部屋に治癒魔法使いらしき男が中にいて、治癒魔法をかけていた。
「……少し待つぞ」
「はい。
でも、いなくなったらすぐに」
しばらく屋敷の外で潜んでいると、エルが涙を流し初めた。
「ど、どうした!? 何か痛むのか!?」
「いえ、あの、その……中の声が聞こえて……しまい」
あの治癒魔法使いと、少女の話。
エルの顔を見るとクシャクシャに歪めて泣いている。
「あと、半月も保たないって……」
「は……一月は保つって……」
そりゃ、病気なんだから余命を確実に確かめることは出来ないが、半分だ。 半分になるって……。
「……明日までに作りましょう。明日までに」
エルの言葉に頷く。 早く作らないと、だが、それを作るために少女を一人ぼっちで置いておくことは出来ない。
失敗すれば、ただ寂しい思いをするだけだ。 何より、今戻って作れば夜になる。 夜に忍び込むのは少女が寝ているので難しいだろう。
それに喧騒のある昼間と違って静かな夜中では話をするのも難しいぐらいだろう。
「……友達だって言えば、一緒にいさせてもらえるでしょうか……」
難しいだろう。 だが……そうした方が良いのかもしれない。
エルがすんすんと鼻を鳴らしながら泣く横で、いっそのこと攫ってしまおうか。 などと考える。
攫ってしまったら少女の治療法が見つからない可能性が上がることを考えると、それも思い留まる。
「アキさんも、今日は一緒に話してください。 りーちゃんはきっと喜びますから」
「そんなこと……」
俺はエルと違って話はしていない。 ただ二人の様子を眺めているだけだ。
「きっと、じゃなくて絶対です」
なんでと尋ねるにはエルの目が力に溢れていて、有無を言わせてくれないのだろうと頷いた。
少女と話をするのは、やけに緊張する。
「ああ、分かった」




