醤油の勇者を探そう⑥
しばらく黙って座っていると、エルが口を開く。
「すみません。 実は、シールドも使えます。 ……嘘を吐きました」
「いや、分かっていたからいい。
気を使ったとか、そんなところだろう」
エルは顔を伏せる。
責めているつもりも一切なく、全く気にしていないのだが……。 どうすればいいのか分からずにエルの顔をじっと見つめる。
「いや、本当に一切気にしていないからな」
「んぅ、そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。 そもそも誰にでも出来るような魔法だしな。 特にそれを誇りに思っているわけでもない」
そう言ったところで、エルは俺の目を真っ直ぐに見つめる。
数秒か、それとも数十秒か。 エルの黒い瞳に見つめられて、身体が硬直する。 薄く潤んだ瞳が瞬きで閉じられ、それに合わせて俺の口から息が漏れ出る。
綺麗な黒色だ。 黒色で、玉のようなと表現するのもおこがましいような輝き。
俺が動けなくなっていたのは、エルへの怯えからか、見惚れていただけかすら分からない。 ただそれに没入していた。
「ん、その…….そんなに見つめられると、恥ずかしいです。 嘘ではなさそうですけど」
エルがそう言ってから頰を掻く。 俺も同じように見つめられていたんだがな。
◆◆◆◆◆
魔物の退治を手伝ったり、他の人の戦闘を見学してみたり、エルと話していたりとしている内に街に着いた。
二泊三日の道はそれほど苦でもなかったが、体力のないエルには辛いものだったのか、馬車から降りてフラフラとしている。
「アキさんの方が乗り心地いいです……」
「俺は乗り物ではないけどな。 とりあえず、宿を取るか?」
「いえ、まだお昼なので、先に醤油の方を探しましょう」
エルの意見により勇者を探すことにする。 エルの推理では相手の勇者も他の勇者を探そうとしているので、見つける、あるいは見つけられるのは難しくもないだろう。
……エルの身長が低すぎて見つけられるのは難しいか。
「それで、探すとしてもどこを探すんだ?
街の外れだと言っていたから、周りを回ってみるか?」
「いえ、ショッピングしましょう。 買い物です!
多分、あの街でもしていたようにここでも売っているでしょうから、そちらを探してから聞いた方が手っ取り早いです」
「まぁ、ここで同じことをしていない所以はないか。 エルの体力は大丈夫なのか?」
「ええ、問題ないです。 さあ、デートに行きましょう」
エルの言葉に頷き、まずは魔石の換金を済ませるためにギルドに向かう。
エルと出会った街のギルドよりも一回り規模が大きく、従業員も多そうなギルドの中に入り、早速換金してもらう。
「あれ、あれだけ魔物が増えているのに、そんなに値下がりしていないですね」
「あれのせいじゃないか?」
ギルドの端に置かれている、どこか見たことのある奇妙な形の人形。 魔力がまだ込められていないからか不快な感覚はない。
「あれはロトさんの、魔石割り人形くん……!」
ロトがこれからのための金策をしていたというのは、このことだったか。 尤も、ロトの作っていたような妙な装飾はされていないが、おそらく同じものだろう。
「ん、色々してますね。 剣と魔法とだけでなくこういう細かいものまで」
意外なところで役に立つな。
市販されているならば俺も欲しいと思い見てみると、値札には少し信じがたい値が書かれていた。 少し手が出ない。
「……もしかして、ロトさんってブルジョアなんですかね。 資産階級者なのかも……」
「なんで嫉妬ばかりしているのか分からないな。
とりあえず今は買えそうにはないな」
作り方ぐらい聞いていればよかったとため息を吐き出してから、金と交換し終えた受け付けの声が聞こえる。
結構な量のあった魔石はなくなり、結構な量の金に変わった。
ありがとうございました。 という声を後ろにしながらギルドから出る。
まずは食事を取ろうとギルドの近くにあった店に入る。
街の端にある割に小綺麗でいい匂いが漂っている。
「いらっしゃいませーって、あっ、マジで勇者きた」
どこか軽い調子の男がエルの顔を見て呟く。 その男は、エルと同じく黒髪、黒眼。
顔付きもどこかロトと似ていて、勇者であることが分かる。
「一発で正解を当てるってすごいですね、アキさん」
「運がいいな」
どうしたらいいのか分からず突っ立っていると、勇者の男が席を案内するので着いていく。 立地の問題か、それとも何かしら別の理由かは分からないが、昼飯時なのに他の客が一人も見当たらない。
「えーっと、色々聞きたいこととかあるだろうけど、腹減ってんだろ?
メニューはそこにあるから好きに頼んで」
エルが礼を言ってからメニューを開く。 見たこともない料理が絵付きで書かれているが、味も香りも想像がつかない。
「卵焼き……。 肉じゃが……。 ハンバーグ……。 お寿司(サビ抜き)……。 ここは天国かもしれません。
でも、味噌汁とかはないんですね。 再現にも限界があるのかもです。 あれ、でもお米はあるんですね」
「ああ、エルの故郷の料理か」
なるほど、知らないわけだと頷く。 エルがあれも食べたいこれも食べたいと言いながらメニューと睨めっこをする。
「……とりあえず食べたい分を全て頼めばいいだろう。 エルの残りは俺が食べるから」
「ん、それはアキさんに悪いですから……」
「いや、エルの食べ残しは積極的に食べたいから問題ない」
「変態チックですね……。 ん、ならお言葉に甘えて」
勇者の男に注文をする。 軽いが元気の良い返事をして奥に戻っていく。
勇者なのに使用人をしていたり、店員をしていたりと妙な奴等である。
「あれは知り合いではないのか?」
「はい。 知らない方ですね」
それにしても一発で見つかるとは思っていなかったのでとても運がいい。 しばらく滞在するつもりだったが、早ければ明日にでも戻ることが出来るかもしれない。
調理には時間がかかるのか、そこそこの時間が待たされた後に男がやってきて料理を置く。
「残りはちょっと待っててね。 一人でやってるからどうしても時間がかかっちゃって」
飲食店って一人で出来るようなものだったか? と思いながら頷き、料理を見る。
芋と肉がメインに幾つかの野菜が煮てあるような料理が置かれている。
「肉じゃがですね。主にあまり料理が得意ではない女性が恋人が来た時に作ったり、お母さんが作ったりする料理ですね。
あまりお店で見たりはしないです」
「割と簡単なものってことか」
ここにきてから一ヶ月そこらなら簡単なものが多いだろうことは当然なので納得して頷く。 エルがパクパクと食べ、俺の口に運ぼうとしているところで男が次の料理を持ってきた。
「はい、お待たせー。 最後のはちょっと牛を仕留めてくるからしばらく待っててね」
「材料ないのだったら素直に諦めますよ……。 違う物を頼みます。
アキさんはどれがいいとかありますか?」
「いや、どれも分からないから。 エルの好みでいい」
「ん、なら……」
エルが新しく注文し直し、男が持ってきた料理を食べる。
「美味しいか?」
「ん、美味しいと思います。 完全に再現ってわけではないですけど……」
エルが俺の口に料理を運びながら言う。 それを咀嚼する。 不味くはないが、特別に美味いとも思わない。 まぁこんなものだろう。
最後の料理が運ばれて来た時に、男は奥に戻らずに向かいの席に座る。
「席空いてるんだから、隣に座らなくてもいいのに。
んで、やっぱり、例のブツを求めてか?」
男は口元を歪めるように笑った。




