日常編③
「一撃の一式、連撃の二式、それに打撃の三式ってところか」
剣による打撃。 それにどのような意味があるのかは定かではない。 武器を持ち替えても打撃にはできるのだから、使い道はそんなに多くはなさそうだ。
利点としては一式と同じように振ったようにしか見えないから虚を付けるぐらいか。
「……剣で打撃にする必要はあるのか?」
「まぁ、硬いものを叩き割る時とかにはそこそこ使える。 まぁこれも一式より負担が大きいから使い道は考える必要があるが」
微妙だ。 使えるのかもしれないが、わざわざ覚えてまでではないか。 俺には向いていないという話だったのだし。
「対象とぶつかる瞬間にのみ、ブレさせる。 そのことで面として当たり、斬るのではなく叩くことができる……。
アキレアはいつもとは反対にブレさせるってのは難しいだろ?」
「まぁ、そうだな。 あの速さで振っている途中に動かすのは無理そうだ」
いっそ、グラウに教わるのではなく街の道場みたいなところの世話になった方がいいかもしれない。 グラウは「戦う者」ではあっても「教える者」ではないのだ。
しばらくの間、グラウに三式のコツを教わりながら、もやもやとした気を晴らすために歩きながらも戦闘方法について考える。
「やっぱり、高みへと朽ちゆく刃だけだと……。 そろそろロトに抜かされていてもおかしくないな」
「何を言うか、俺が編み出した最強の剣技だと言うのに……」
「力技が過ぎるんだよ。 グラウほど体格がよくねえから、身体に無理が出る。
ロトはそろそろ魔法もしっかりと使えるようになっているだろうし、能力もレベルが上がって強化されているだろう」
「負けたくないのか」
端的に述べたらそうだろうと頷く。
あのヘラヘラした面にボコられたりしたら、本気で苛立つだろう。 まぁ、この数日で魔法を使えるようになるってのは流石に買いかぶりかもしれないが。
「ライバルってやつですね?」
「どっちかと言うと、友人だと思っているが。 そうかもしれないな。 そろそろ着く」
お義母様のところ。 エルの言葉を耳にして、墓石が幾つか並んでいる場所に来たことを実感する。
三歳と幼いときに母親は死んだ。 エルは自分は両親共、亡くなっている癖に……少し同情したような表情をしていた。
俺はエルが天涯孤独な身であることに若干の同情をしていたが、俺と同じように死んだ時が幼すぎて「悲しい」を味わいきれていないのかもしれない。
少なくとも俺は母親が死んでいることが当然のことのように感じていて、それを悲しいと思ったりはしていない。 大切な物であると理解する前にいなくなったのは、おそらく幸福だったのだろう。
「ここか」
グラウのにやけた面から笑みが消えて、努めて表情を消そうとしているのが分かる。 よほど、いないのが悲しいのだろうか。
俺よりも弟のレイよりも辛そうにしているのが不思議で、だがやっと母親が救われたように見えた。
「守る、ヴァイスが俺に約束をした」
守れなかった。 好いてる人と両想いになっている奴を引き離した挙句、守れずに死んだ。
一切の非が父親にないことは誰もが分かっていることだろうが、それでも父親の心境を想像したくはない。
「俺の記憶だと。 母親は笑っていたよ」
◆◆◆◆◆
エルが手料理を作ると言いだした。
「最近、アキさんと離れて過ごすことが増えたのでアキさんの心が離れないように胃袋を掴もうと思います」
との言葉だが、果たしてエルに料理が出来るのだろうか。 エルの頭ならば手際よく作業することは出来るだろうが、単純な力不足がありそうだ。
「まぁいいが、刃物と火は危ないから使うなよ?」
「それで料理が出来るとお思いでしょうか……?」
「なら、そこの部分は俺が担当しよう。 それ以外を頼んだ」
「もはやそれだと意味ないじゃないですか。
大丈夫ですよ。 月に一度ぐらいお母さんの料理を作るところを見ていましたから」
そこに一切の安心できる要素がないことにエルは気がつかないのだろうか。 不味い物が出来上がったとしても、満面の笑みで「美味い」と言ってのける自信ならばあるが、エルの身に何かが起こるのは避けたい。
「……月城にも手伝ってもらえ。 キッチンは使えるようにしておくから」
「お手数おかけします」
とは言え、エルの手料理は楽しみではある。 新しく買った剣を鞘にしまい、庭から室内に入る。
エルが月城を探しに移動したのを横目に見ながら、キッチンの方に向かう。
とりあえず許可を取ろうと、中を覗き込む。 この時間だといないかもしれないが……と思ったが、ガチャガチャと中で作業をしているのが見えた。
「誰かいるか?」
「ん? 兄さん?」
何故かレイが口をもぐもぐと咀嚼しながら出てきた。
「盗み食いか? ……まぁいいが。 いや、すげえ食ってるが、夕飯の分の食材、残っているのか?」
「夕飯分は残してますよ。 ちゃんと許可も得ていますし」
ならいいか……と思いかけたが、それってエルが作る為の材料がないってことじゃないか?
「そうか。 分かった」
後日ということになるが、まぁ仕方ないだろう。 エルに伝えるために踵を返して月城の居そうな場所に移動する。
途中、エルの甘い匂いを薄くだが感じたので、その匂いが少しでも濃い方に移動していく。
もう月城に会った後で話している様子のエルを見つける。
「エル。 悪いが、余ってる材料はないようだ。 レイが全部食べたらしい」
「あー、レイくんは食いしん坊だもんね。 成長期だからってのもあるだろうけど」
そろそろ身長が追いつかれそうなのに、まだ食うつもりか。 一月前よりも食欲の増しているレイは一体どれほど大きくなるつもりか。
魔法使いなんだから身長とかいらないだろ。 俺には必要なのにでかくならねえし。
「まぁ、あいつがでかくなろうが俺がでかくなろうが知らないが、今回は材料がないから諦めよう」
「もうアキくんは伸びなさそうだよね。 身長はまだしも、体重はそろそろ同じぐらいになりそうだし」
「アキさん、細身ですもんね」
流石にまだ越されていることはないと思いたいが、あいつは俺のように体格が悪かったりしないのでそろそろかもしれない。
なんで俺はこう魔法も体格もダメなのか。
「んじゃあ、買い物しに行こっか」
「わざわざ買い物しに行かなくとも、明日にはまた買ってくるだろうから、その時に一緒に頼めば……」
「エルたんが喜ぶよ?」
「よし行こう」
今日は高みへと朽ちゆく刃の五式と、ロトの戦い方を身につける予定だったが、予定を変更してエルと買い物をしに行くことにする。
まぁ買い物といえど食材を幾つか買うだけなのだから、後で修行するだけの時間は取れるだろう。
月城が服を着替えてくるね。 と言って自室に戻っていく。 一応使用人扱いとしてここに身を置いているのだから、こうやって出て行くのはどうなのだろう。
「この服もすごくお気に入りなんですけど……。 浄化ではなくて洗濯するようになったからか、少し端の方の糸とかが出てきてしまっているんです」
「ああ、そうなのか」
「そうなんです」
そんな世間話をしていると町娘のような格好をした月城がやってきたので、街に向かうことにする。
「そういえば、月城は旅に出たりはしないのか?」
「ん、まぁ私は弱いからね。 魔法も全然身につかないから、また後でだね。
ペン太とか、友達とか探しに行きたいんだけどね」
「友達か。 どんな奴だ? ずっとヘラヘラしている馬鹿面の奴か?」
エルが知り合いである月城と出会ったように、そういう繋がりもあるのかもしれないと思い聞いてみる。
「いや、違うかな。
ペン太はペンギンで、世良はエルたんほどじゃないけど小さな女の子で、三輪くんはロリコンさんで、星矢くんはなんか偉そう」
「その名前は聞いたことないな。
そのロリコンってなんだ? ロトも何度か言っていたが」
「えー、ロリコンってのはね。 エルたんみたいな小さな女の子のことを好きになるような人だね」
ああ、だからロトにロリコンと言われていたのか。 エルが好きだったらロリコンか……。
「なぁ、その三輪って奴、エルと交友があったりしたのか?」
「僕と三輪くんですか? ん、月一で話ぐらいはしていましたね。 同じ学級だったので顔見知りではありました」
「時々、食事とかカラオケに誘われてたよね」
「……三輪か。 よく覚えておく」
会ったらとりあえず殺す。 勇者ならば殺しても元の世界に戻るだけらしいので、殺しても問題はないだろう。




