日常編②
頼んだ物が来るまでの間に本を軽く捲っていく。
細やかな数字が幾つも並んでいるが、それに俺が当てはまるようには見えない。
アークヒューマンは魔法特化の魔物のはずなのに、俺は反対に魔法が不得手だ。 人と変わらないはずの身体能力は大した努力もしていないというのに、純粋な身体能力ならばまだ自分よりも優れたものは見たことがない。
「そういえばアキレア。 これからどうするんだ?」
俺が本を読んでいるために手持ち無沙汰になっているグラウが緊張しながら話しかけてくる。 墓参りに緊張するなどの感性は訳わからないが、多少の好感は抱ける。
参考にならない本を閉じて、傍に置く。
「どうするって、何がだ?」
「何って、降りるつもりはないだろう?」
ああ、魔王と勇者の話か。 未だに消えない鎖の跡を撫でて、グラウを見る。
「降りる。 俺は戦うつもりはない」
小さくため息を吐き出す。
驚いたようなグラウの表情を見て、少し顔を顰める。
「理由を聞く必要もないだろう。 今まで戦ったのは、 初めは手っ取り早く金を稼ぐため、エルと出会ってからはエルがため。
それ以上には、好き好んで怪我をしに行くつもりはない」
「……まぁ、戦うのが当たり前になるよりはマシだけどよ」
そうは言っているが、納得はしきっていないのか不満気な顔だ。
「アキさんは、止めるんですか?」
「……エルがやりたいならばやってもいいが」
俺がそういうと、エルは首を横に振った。
「僕がやるとアキさんに任せっぱなしになるので……やるとは、言えないです」
エルの言葉に少し意思が揺さぶられる。 エルはやはり人助けをしたいのだろう。
けれども、俺はエルを傷つけるのだけは嫌だ。
少し考えてから口を開く。
「戦闘以外にも、魔王を倒すために出来ることはあるだろう。 この前言っていた、涼しくする魔法? もあれば体力の消費を抑えることが出来てよさそうだ。
エルにはそういった才があるのだから、そんな支援の方法もあるだろう」
「そう、ですね。 便利な魔法を作ったら、長期的に有利になりますよね。
その涼しくする魔法も、昨日の夜に少しだけ形になりましたから」
「そうか。 俺は、また一人で修行でもしておくことにする。
戦うつもりはないが、必要になるかもしれない」
「アキレア、戦う気あるんじゃねえか」
ないと言っているのに、グラウは安心したかのように笑う。 俺はエルのため以外に戦うつもりはない。 ……いや。
「まぁ、ロト辺りには借りがあるから、礼として戦う程度には」
「俺のためには?」
「お前は一人で十分だろうが」
どう考えても俺の助けなど必要としていないくせに何を言っているのか。
頼んだばかりなのに、もう運ばれてきた食事を前にして食器を持つ。 エルに食べさせてもらってばかりだったので、まともにフォークを持つのも久しぶりだ。
「……あーんしてあげましょうか?」
「いや、いい。 自分で食える」
顔をうつむかせて隠すが、少し残念そうな顔をしている。
とはいえ、ここは家の近くの場所であり、その貴族の長男である俺は無能ではあるもののここでは顔を知られている。
やけに俺の食事が早かったのはそれで気を使ったからだろう。
この一ヶ月で慣れた大衆的な料理を胃袋の中に入れながら、今後のことを考える。
魔王の影響もあるので前までの戦い詰めの日々はないとして……一気に俺のやれることがなくなる。 俺のいいところは戦闘だけらしい。
「意外とやることないな。 一日中修行なんてしていたら身体をぶっ壊すだろうしな」
「ん? 治癒魔法をかけながらやれば壊さずに行けるぞ」
「俺は使えないからな。 エルは魔法の開発があるから、頼めない」
「俺がいるだろ? 墓参りの後に、途中だった修行をつけてやるよ」
途中ではあったが高みへと朽ちゆく刃は覚えた。 思った通りにそう言うと、グラウは食器を空になった皿の上に置いて、やれやれと首を振った。
「俺がお前に教えたのは、高みへと朽ちゆく刃の基礎……そうだな、高みへと朽ちゆく刃【一式】とでもいったとこか」
「えっ、【一式】ってなんかすごくかっこいいです!」
そうか? まぁエルが言っているのだからそうなのだろう。
「知ってる。
んで、二式と四式? も勝手に応用してできるようになったみたいだが、他にも幾つかあるんだよ」
「なんで疑問系なんだ」
「そりゃ、我流だし人に教えることもないから、言葉とか技名とか今考えているからな。
もう勇者の嬢ちゃんも食べ終わるし、墓参りの道すがらどんなのか教えてやるよ」
エルが急いで食べていることに気がつき、ゆっくりでいいと伝える。
それにしても、ただ真っ直ぐに動くだけの技に何種類もあるのか。 俺のように一ヶ月戦っただけの奴と違って長年戦い通しているだけあるとでも言うべきか。
結局エルは急いで食べたので他の応用に想いを馳せる前に、金を支払い店から出る。
「んで、道分からないから案内頼む」
「どうやって行くつもりだったんだよ」
グラウは笑って誤魔化す。
まぁグラウの足ならば虱潰しに歩いても、一日あれば見つかったか。
「それで、まずおさらいだが。
一式は一撃の振り下ろし。 まぁ別に振り上げでも横に振ってもいいが。
無駄のない身体運びからブレ一つない剣閃により、人間の身体の限界に迫る速さと斬れ味を持つ」
グラウの言葉に頷く。
「まだ説明していなかったが、言うのは簡単だけど意外と難しくてな。 多分だが、人によっては一切身につかない」
「そんなに難しいものではないだろう」
「高みへと朽ちゆける人間でないと、この技は使えない。
アキレアみたいな単調で一辺倒な奴だと真っ直ぐ振れるのかもしれないが、例えばあのロトとかだとグダグダ考えるから剣にもブレが響いて速度が乗り切らなければ斬れもしない」
馬鹿にされているのか、褒められているのか。
「ロトと勇者の嬢ちゃんなら、まだ勇者の嬢ちゃんのが向いているかな」
「えっ、じゃあ僕にも使えるんですか?」
「……筋力不足だと思う。 まぁ筋肉を付けて身長も伸びたらな」
その姿のエルを想像して顔を顰める。 目を輝かせているエルを見て、首を横に振る。
「次の二式は、一式を連続して放つ。
二式はぶっちゃけて言うと、一式が使えて痛いのが耐えられたら使えるな。 痛いだろ、連続して放つの」
「ああ、魔法を散らすのに使ったら筋肉が断裂したな。 負担が大きすぎる」
「そりゃ鍛えが足りないな。 まぁ俺もやったら筋肉痛にはなるが」
なるのかよ。 とは思ったが、あれは筋肉があり、腕が重いほど負担が大きくなるので仕方ないか。 だが、筋肉がないとそれはそれで負担が大きいという、明らかに欠陥のある自滅技だ。
「それで、三式はどんなのなんですか?」
「えーと、三式は後回しで、暴走したアキレアも使っていた四式だな。 足で地面を蹴るときに使うもので、負担は二式ほどではないが大きいし、集中してなかったり足場が悪いととんでもない勢いで頭を地面にぶつける」
ああ、あれは痛かったな。 ……なんていうか、自滅技が多くないか?
名前からして「朽ちゆく」なのだから、そういうものとして納得するしかないのかもしれないが。
「んで、勇者の嬢ちゃんお待ちかねの三式だが。 これはアキレアには無理かもしれない」
「なんでですか? 才能あるんですよね?」
「他のに比べて、微妙に違うんだよな……。 俺が作ったのも物凄い偶然の賜物だしな」
グラウはそう言ってから背負っていた木剣を取り出す。 道に落ちていたそう大きくない石を二個拾い、一つを上に放り投げる。
「これが一式」気の抜けた声と共に、グラウの一閃。 木剣とは思えないような斬れ味で、真二つに石が分かれる。
「なんで木で石が切れるのか……。 無茶苦茶ですよね」
グラウは手で俺とエルを下がらせて、また石を上に放り投げる。 そしてまた一閃。
音すらしなかった先程とは大きく違い、大岩を砕いたかのような大きな破砕音が後から聞こえる。
その音に違いはなく、放り投げられていた石は粉々になりそこらに吹き飛んでいっていた。
「これが三式。 剣で斬るのではなく、砕く技だ」
「もうなんでもありですね」と言ったエルの言葉が妙に納得できた。




