96.敵の敵を利用する危険性
作戦会議と呼ぶより、確認のための会話が多かった。私やエック兄様が提案した内容へ、クラウスが情報で補足し、叔父様が神殿の動きを追加する。最後にルヴィ兄様が承認した形だった。
大陸制覇はいつだってできた。それこそ、先代のお父様の代でも可能だったのよ。動く理由は必要ないけれど、動かないのは理由があった。リヒテンシュタット帝国が傾いたのは――濁った血で皇族が減ったため。信頼できる一族を各地に派遣し、末端まで管理する体制が維持できなくなった。
公爵家も他の血が強くなり、離反する危険性も高まる。実際、私達の代になって二つの公爵家を潰したわ。一族の血が薄まりすぎて、連帯感がなくなったのね。お祖父様の代から側妃を娶って数を増やし、お父様の代で形が確定した。
叔父様は結婚しなかったけれど、代わりに一族を守る神殿の力を得た。伯母様は公爵家に血を残し、お父様は四人の子をもうけた。私達の代で、二人ずつ子を増やしたら? 一族は二桁以上となり、滅びの危険から脱出できるわ。
この話は幼い頃から、何度も聞かされて育った。だから母親は違えど、近い血の兄達と仲良くするように、と。互いの能力と長所を生かし、短所を補って繁栄を次世代に引き継ぐのが役目よ。その意味で、お兄様達の結婚はちょっと遅いわね。
「デーンズ王国の宣戦布告がなければ、先に婚約式をしてしまいたかったわ」
つい、愚痴めいた不満が溢れる。私だけでなく、ルヴィ兄様とザックス侯爵令嬢マルグリット、エック兄様とライフアイゼン公爵令嬢セシリア、私とクラウス。三組も発表があるんだもの。
「さっさと処理して、祝い事をすればいいさ」
叔父様はさらりと言い切ったけれど、私は驚いた。まさか、クラウスがいるのに? 今の口調は家族だけの時だったはず。じわりと喜びが胸を満たす。叔父様から見て、クラウスは私の夫に相応しいと認めてくれたのね。少なくともモーリスの時は、仮面を外さなかったから。
「そうね、叔父様のおっしゃる通りだわ」
「一つ、ご提案があるのですが」
肉を咀嚼していたクラウスが、ワインで喉を潤して口を開く。デーンズ王国の民は疲弊していた。他の国と違い、デーンズ王国の民に決起させるのは可哀想だわ。そう考えていた私達の考えに沿う提案だった。
「アルホフ王国は、先代王の死の原因を知りません。ですが、いつまでも隠しきれませんし、公開してもいいのではありませんか? 情報が漏れてしまうのは、よくあることですから」
アルホフの前国王は、デーンズ王国の刺客に殺された。盗賊を装った襲撃から、王の首を回収したのはフォルト兄様よ。状況は知っているし、当時の証拠もいくつか保管していた。
「デーンズ王は帝国を向いています。ならば、横から殴られると想定していないでしょう」
エック兄様は実行に前向きみたい。私は小さな懸念を抱いた。
「証拠はあるわ。でも、知っていて助けなかったことも、伝わるのではなくて?」
フォルト兄様を証人には使えない。なぜなら見殺しにした状況だからよ。証拠を提出して嗾けるには、危険が伴う。我が国の関与を疑われたら、面倒なことになるわ。
「トリア、情報の提供者が違えば問題ない。神殿から仕掛けよう。あの高い塔も目障りだからな」
デーンズの公爵家が唆し、王に建てさせた塔は完成間近だった。神殿を見下ろす建造物であり、神々への不敬に当たる。そこから切り崩すつもりだったけれど、その際に神殿から情報をリークする?
「危険は承知の上だ」
叔父様は穏やかに言い切った。エック兄様は無言で、考え込んでいる。ルヴィ兄様は眉根を寄せてワインを呷った。
やっぱり危険な気がするわ。




