87.喧嘩を売る相手を間違えたのよ
王家の血筋が紛い物だった話は、神殿の叔父様へリークした。というのも、神々を騙して神殿を謀ったからよ。神殿は国民の管理をしている。その根底には、神々から信任を受けた誇りがあった。
九柱の神々と神殿を、民も支持してきた。信仰は厚く、故に王家の地位は神殿より低い。そこで王家は叛逆を考えた。考えはわかるが、愚かにも程がある。
神殿を騙す真似をせず、素直に傍流から養子を取ったと公表すればよかった。神殿が記録して残せば、神々の承認が得られる。傍流だとしても、王家が続くのよ。公爵家なら二代以内に直系の血が入っていたはず。
知られたくなかった? それとも騙し通せると考えたのかも。どちらにしろ、神々はこの暴挙を許さなかった。だから、他者の口を通じてバレていくの。
薔薇の庭から少し離れた、大木の根元で目を閉じる。肩を貸すクラウスが、頬にかかる髪を払うのを感じた。目を開けるのが勿体無い。意識が拡散して、夢と現の間を漂っているよう。不思議な浮遊感を堪能した。
アディソン王と王姉は、民の手で処刑されるでしょう。石打ちか、断首か。どちらにしろ、民の前で公開処刑になるわ。それだけ信者の怒りは深かった。もし非公開で処刑しても、民は信じない。墓荒らしが出る可能性すらあった。
人は自分の信じるもののため、どこまでも残酷になれる生き物よ。それが信仰を捧げる神々なら尚のこと。目に見えない神は、愛し子や奇跡の存在で己の存在を示してきた。私のように加護を得た者もいる。存在が感じられれば、信仰はさらに高まった。
神殿の権威を王族が揺るがせば、民が許さない。民から搾取すれば、神殿が動く。王族は両方の監視を受けながら、公正な政を心掛けるべきなの。ここを勘違いする王族が現れたことで、リヒター帝国は臥龍のままでいられなくなった。
ふわりと意識が戻され、私はゆっくりと目を開いた。すぐ近くにクラウスの顔があり、一瞬だけ焦る。彼も寝てしまったのね。互いに寄りかかって、大木の陰で昼寝をしていた。状況が理解できたので、ゆっくり長い息を吐き出す。口付けでもされるのかと思ったわ。
「っ、失礼しました」
「いつまで敬語なの? クラウス」
「ずっとですよ、大切な姫君ですから」
歳をとって皺くちゃになっても? 意地悪に尋ねたくなるが、呑み込んだ。そういうの、たぶん……可愛くないわ。クラウスに生意気だとか、意地悪だとか、思われたくないの。モーリスの時には感じなかった。
「さきほど、ヴィクトーリア様が眠っておられる間に、情報が入りました」
「教えて」
もう一度微睡みたい気分だわ。さっきの心地よさは、クラウスのお陰だったのかも。
「アディソンの地方神殿で、王族を受け入れた神官ですが……中央神殿に呼び戻されました」
「あら、お気の毒に」
にっこり笑って、クラウスは返答を濁した。つまり、そういうこと。アディソン王国の侯爵家三男は、神殿に失格を言い渡された。素直に戻る彼に、未来はない。きっと処分されてしまうわね。
王侯貴族と違い、神官の場合は公開で処刑はされない。地位や財産を剥奪し、放逐されるのが通例だった。軽い処罰ではなく、ある意味で一番重い罰だろう。神殿から落伍者の烙印を押された神官は、ほとんどが重罪を犯している。
不倫や浮気、女遊びから始まり、横領、詐欺、搾取……殺人も含まれた。大神官の地位を巡って、ライバルを殺した事件が実際に記録されている。そういった犯罪者を放逐する際は、必ず理由書が公示された。名目は民への警告よ。実態は……私刑の判断材料ね。
今回、アディソン王国の民はどう裁くのか。答えが届くのは少し先になりそうだわ。




