85.逃げた獲物を追い詰める
77話の見落としへのご指摘、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ リカバーしました!
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アディソン王捕獲の連絡は、分厚い書類で昨日届けられた。早馬で運んだのでしょう。王城からの避難路の情報に至るまで、事細かに記されていた。捕獲に動いたフォルト兄様は無理だから、副官のハイノが作成した報告書ね。
いま届いたのは、王姉と王子達の行方よ。第一報となる細い伝令の紙は、鳥が運んだのね。軽くするために、長い文章は作れない。あとから詳しい報告書が届くので、私はのんびり待つだけでよかった。
中の宮の東側にある私室に近い庭で、受け取った紙を丁寧に畳む。お茶のセットがされたテーブルの向かいで、クラウスが小首を傾げた。
「急ぎ、ですか?」
「いいえ、ただの報告なの。読んで構わないわ」
「失礼致します」
私の許可があるので、彼は受け取った伝令に目を通した。たいして興味を惹かれなかったらしい。すっと、王捕獲の報告書も追加する。わずかに表情が動いた。何に対してかしら?
「王の捕獲ですか。侯爵家の三男が預かる国境の神殿まで逃げたと聞きました。なぜ王城近くで捕まったのか、少しばかり気に掛かりまして」
なるほど、そこね。クラウスの情報網は優れているけれど、内部の動きは推測するしかない。私のように当事者から話を聞けるわけではなかった。
「叔父様の情報だったわね。あの時の私が呟いた言葉を、覚えている?」
「ええ、あなたの一言一句、忘れたりいたしません。どこへ逃げ込むか楽しみだと、仰せでしたね」
よく覚えていたわ。さすがクラウスね。頷いて肯定し、冷たいお茶を注いだグラスを引き寄せた。冷やしてあるが、氷は入れない。そのため結露は少なかった。口をつけて、ゆっくりと一口を味わう。
「ええ、逃げ込む先を叔父様が誘導したのよ」
「仕掛けたのですか」
ふふっと笑い、種明かしをした。アディソン王国の侯爵家三男は、継ぐ家も領地もない。だから神殿に入った。順当に地位をあげ、地方の神殿を任される。だが彼は不満だった。中央の神殿に戻りたくて、王を庇うことで後ろ盾にしようと考えた。
「ここまでは普通の出来事。叔父様はアディソン王国の神殿に連絡し、王の居場所を知らせた。すでに逃げて地方の神殿に匿われている、と」
「……侯爵家三男はさぞ焦ったでしょうね」
笑みを深めて頷く。
小心者の神官は、もう安全だと嘘をついて王を引き返させた。デーンズ王国へ亡命しようとした国王の手助けをすれば、自分の地位や命が危ない。だから国境が封鎖されて通れないと嘘を並べた。今の時期は盗賊も出るとか、理由はいくつもあったでしょうね。
怯えた王は息子や姉を連れて引き返す。この時、王城へ戻るのに使われたのが、廃神殿の避難路よ。何度も使われたら、必ず情報が漏れる。そう踏んで、使わせたと叔父様から聞いた。しばらく放置してほしいと伝えたけれど、その理由に納得して私も同意したわ。
「ここまでお膳立てして、避難路を確定しようとしたのに、まさか先代の王妃様が教えてくれるなんてね」
あの人は民を守るため、我が子や孫を切り捨てた。母であるいまの私には、どれだけ重い決断か想像できる。同じ場面で、同じように決断できるか、問われたら自信がないわ。尊敬の意味を込めて、「先代の王妃様」と呼称した。
結局、アディソン王国に本物の執政者は一人だけ。先代の王妃様以外、誰も民の心配をしなかった。地方で一部、統治を任された領主が頑張った程度ね。公爵から男爵まで、九割以上が逃げ出した。民の蜂起は正当な権利よ。行使されないよう、気を配るのが王侯貴族なの。
支配階級であると驕った結果、反旗を翻された。今頃、ガブリエラ様がフォルト兄様を唆して、楽しんでるでしょうね。狩りが大好きな方だもの。獲物の質が悪くて申し訳ないけれど、いつでも極上の獲物ばかりではない。我慢していただくしかないわ。




