84.愚か者には相応の処置を
舐められたものだわ。臥龍を蛇と侮った阿呆が、いつの間にやらのさばっていた。お父様は内政に力を注ぎ、国の土台を育てる。ガブリエラ様が他国を威圧しながら、帝国の国境を守ったけれど……。
阿呆は盛大な勘違いをした。大した能力を持たぬ皇帝が、勇猛な妻の力を借りて国を維持している。つけ込む隙がある、と。思い込むのは自由よ。それを行動に起こすなら、慎重に動かなければいけなかった。だって、格上に喧嘩を売るのよ?
穏やかな笑みを浮かべたルヴィ兄様は、容赦ない決断を下せる人よ。そうでなければ、私達の皇帝として認めるわけがないわ。すべての責任を一手に引き受け、代わりに弟妹が自由に動けるよう采配した。
エック兄様が辣腕を振るうのは、家族のため。内政はもちろん外交も、部下を上手く動かす。有能な駒を見つけてくるのはルヴィ兄様だけれど、活用するのはエック兄様だもの。武芸に秀でた者がいれば、フォルト兄様に預けた。
国境を守り、民に安心を与え、英雄として人の目を惹きつける。でも家族に弓を引く人ではないから、貴族達も余計な入れ知恵ができない。したところで、首を傾げて笑顔で殴り飛ばす人だった。
アディソン王国崩壊の連絡から、続報が途切れず届く。情報の伝達に関しては、クラウスの独擅場ね。精査され、裏付けを取った情報に目を通した。
大神官は、今回の立役者である神官が選ばれるでしょう。リヒター帝国に逆らう愚か者ではないから、特に問題はないわね。承認の印をつけて、横に重ねた。
私を襲撃した愚か者は、実家まで含めてクラウスの報復が行われた。他の貴族に倣い、国を捨てて逃げ出したところを盗賊に襲われたそうよ。なんとも運の悪い人達ね。身ぐるみ剥がされたけれど、命までは取られなかった。もっとも、今後を考えたら殺された方がマシだったでしょう。
働いたこともない妻子を養う方法は? 使用人がいなければ身支度もできないのに、雇うお金がない。当然、日々の生活に困窮するわ。身を売っても、大した額にならない。なぜなら、同じような境遇の貴族が複数出るからよ。アディソン王国から出た貴族の難民は、すぐに行き詰まるはず。
手配はエック兄様に任せたけれど、国境周辺の物価は通常時の三倍近い。地元民は抜け道があるけれど、貴族は高くても払うしかないの。こういう意地悪い采配は、お父様の得意技だった。帝国貴族の令嬢が私を蔑ろにした件で、貴族だけでなく商人まで総動員して封鎖したのは記憶に新しいわ。
貴族は見栄の生き物よ。お金を払えば売ると言われたら、値切ることもできない。金が尽きた時、どうするのかしらね。プライドでお腹は膨らまないのに。騎士を使って国境の民を襲おうにも、フォルト兄様の動きのほうが早い。
襲撃犯の実家の末路を知るには、一月ほどかしら。こちらも読んだと印をつけて処理済みの書類箱に積んだ。
フォルト兄様の動きは、副官ハイノ経由でエック兄様に届く。すでにエック兄様が目を通した印のある書類を、じっくりと読んだ。ガブリエラ様の報告は、きっとお父様が書くのでしょうね。昔から書類や事務は苦手な人だもの。
フォルト兄様は、国境に足止めした貴族の排除に動いた。リヒター帝国の貴族は、すでに国境を通過済みなので、間違えて殴る心配は不要だった。この点はハイノが有能なので、間違いはない。片っ端から扉を開けて、当主を引き摺り出して殴る。野蛮と言われようと、当然の処置だった。
国を守るのが王侯貴族、そのために贅沢が許され、いざという時は命を捨てて民の盾となる。それが真っ先に逃げ出したんですもの。いきなり断首しないだけ、感謝してほしいわ。
無礼だの不敬だの、叫んだところで相手は強国の皇弟だもの。通用しない。徹底的に叩きのめすべきね。あら……ルヴィ兄様も目を通していらしたのね。裏側に印を見つけて、ふっと頬を緩めた。




