78.人気の高い逢瀬の公園で
人工的な池を中心に発展した公園は、芝生の広場や散歩に最適な林がある。そこに加えて、新しく植物園が作られた。半円形の全天候型ドームは、地熱を利用した温室になっている。この地域では栽培の難しい植物、寒くて羽化しない蝶が人気だった。
貴族だけでなく平民にも開放され、入場料はお茶一杯程度の費用に抑えている。これは民へのご褒美として建てた温室だもの。お父様の代に大災害があり、貴族はもちろん民も苦労を強いられた。復興が終われば、税を二年軽減すると約束したのよ。
それとは別に、我々皇族が私財を投入して、この公園は造られた。広すぎる敷地は皇族の直轄地を提供し、温室は品格維持費を十年間絞って捻出する。お父様やガブリエラ様はもちろん、私達も協力したの。おそらく他国の王族より、宝飾品の数は少ないと思うわ。
同じドレスを纏い、同じ宝飾品を身につける。貴族もそれに倣い、贅沢が一掃された。一度袖を通したドレスは二度と人前で着ない? 絹は平民の年収以上もする高級品よ。そんな無駄は貴族の品格とは無関係、そう示されて、彼らの考えは徐々に変化した。
質実剛健と表現したら格好良いけれど、他国には貧乏くさいと言われているようね。民が潤わない国は、すぐに土台が腐って倒れる。頭でっかちな木を、腐った根元が支えられると思っているのかしら。
「久しぶりだわ」
「何度か訪れましたが、ヴィクトーリア様と一緒なら格別です」
池に浮かべたボートは眺めるだけに留めた。個人的な逢瀬で視察ではない。護衛の数を抑えたから、無理をしたら彼らに咎が及ぶわ。日傘を差して、半周ほど歩いた。池の反対側にある店でお茶を飲み、林の中を散歩する。林を抜けた先にある温室を見上げた。
神々の加護を願って、神殿からも多くの祝福が寄せられている。守るように神々が取り囲む温室に足を踏み入れた。蒸し暑いはずなのに、不思議な清涼感がある。順路に従って歩けば、神々の像をすべて回れるコースになっていた。
「この花は素敵」
「こちらの葉の形は珍しいですね」
他愛のない会話を楽しみながら、途中で神々にお供えをする。腐りやすい食べ物は不衛生で木々に悪影響を与えるため、代わりにお札を供えるのが温室のルールだった。自らの名を告げてから、一枚ずつ捧げていく。
結婚前の恋人同士に人気の逢瀬なの。私達の前には貴族が一組、護衛を挟んだ後ろに平民が二組。身分の差なく入れる施設は、希少だから人気が高い。外へ出て、日傘を開いた。さっきより日が高くなったわね。
「うぉおおおおお!」
叫びながら突進してきたのは、先ほど後ろを歩いていた二組の片方だ。男性が飛びかかるのを、女性が呆然と見ていた。彼女は関係なさそう。利用されたのかもしれない。私の開いた傘を、クラウスが受け取って斜めに差した。
「許可します」
私が口にするのは、これだけ。処分する許可を与える。あとは護衛の仕事だった。エリーゼはお昼のバスケットを持ち、一歩引いて立つ。護衛の仕事ぶりを確認する必要はないため、その場を離れた。
「ヴィクトーリア様が魅力的すぎて、追いかけが出たのでしょう。私のほうでも裏を探りたく思いますが……お許しくださいますか」
「ふふっ、許しなんてなくても動くのでしょう? でもいいわ、許します。二度と愚かな真似をしないよう、最後まで手を抜かないこと。虫はね、一匹でも残すと増えてしまうのよ」
「同感です。潰すなら温情は不要ですから」
気が合うわね。微笑んで、日傘を差す彼と腕を絡める。エリーゼが先に動いた。護衛を一人連れて、池のほうへ向かう。天気がいいから、池の見える大木の根元でお昼を頂きましょう。追うように、私達はゆっくりと池に足を向けた。




