75.予定通りに動く駒は愛しい
砦を経由して届く情報に目を通した。椅子の背に寄りかかったルヴィ兄様は、嬉しそうに口元を緩める。
「ルヴィ兄様、姿勢と態度が彼女に失礼ですわ」
私に対してなら、咎める必要はない。でも今は、マルグリットの衣装を決めているの。婚約式で色やデザインを揃えると決めたのは、ルヴィ兄様自身でしょう。
ザックス侯爵令嬢オリーヴィアは、名をマルグリットに改めた。その際に、親しくマルグリットと呼び捨てるよう、伝えられる。私もヴィクトーリアで良いと言ったのに、彼女は「結婚したら」と固辞した。さすがにこの段階まで来て、ルヴィ兄様が目移りすることはない。でも、一度婚約破棄したことで慎重になるのは、仕方ないわね。
「ああ、すまない。あまりに予想通りの動きなので、面白くてな」
気持ちはわかりますが、未来の皇妃になる婚約者を後回しにするのは、いただけませんわ。きっちり釘を刺して叱れば、マルグリットはくすくすと笑い出した。
「皇妹殿下がおられれば、私は陛下に優しくするだけで済みそうですわ」
「そうなるといいのですけれど……」
殿方はこれだから、そんな口調で兄を見る。ルヴィ兄様は勝ち目なしと判断し、早々に両手を上げて降参を示した。
「この通りだ。あまり虐めないでくれ」
「ならば、衣装選びを真剣になさいませ」
頷いたルヴィ兄様が、デザイン画を手に取った。椅子から立ち上がり、ソファーに座るマルグリットの隣に座る。並んで同じデザインを確認していく。こうして並べば、前のベランジェール姫よりお似合いだった。
「青は必須だが、そなたの緑も足してはどうか」
仲良く決め始めた二人を放置し、私は先ほどの報告を思い浮かべた。叔父様が仕掛けた「公開質問状を回答ごと発表する」騒動の件だ。扇動する役目を与えられた者が声をあげ、高位神官もそれに協力した。上司が排除されたことで、空席となった大神官の座を狙っている。彼は上手に踊らせて、協力者として取り込む予定だった。
扇動した数人が、人々を引き連れて王宮へ向かう。当然阻もうとする門番と揉み合いになるでしょう。そこでわざと、ケガを負うの。威嚇で剣を抜いてくれたらいいけれど、我慢強い指揮官がいれば押さえ込まれてしまう。その際は、見えない位置で短剣に刺されたことにするらしい。
傷つけられた、その叫びは人々の怒りに火をつけるはずよ。神々の代理人たる神殿を騙し、他国の要人を傷つけた。そこに加えて、門番や騎士が民を傷つけたと知ったら? 今までの不満も重なって、大爆発するわ。
フォルト兄様が国境を封鎖して、厳しく検問することで物流を最小限まで抑えた。物資が足りないと騒ぎ出すのは、いつだって貧しい平民よ。地方は自給自足に近いものの、王都の民は輸入量激減の煽りを食らう。その不満には王侯貴族が思うより、威力を発揮したはず。
「トリアの準備は間に合っているのか? ローヴァインに任せきりではないだろうな」
「安心なさって、ルヴィ兄様。彼とは明日、一緒に出かける予定なの」
間の悪い連絡のせいで、延期になった逢瀬だった。今度こそ誰にも邪魔はさせないわ。にっこり笑って伝えれば、ルヴィ兄様は怯んだように目を逸らした。
「それならいいんだが」
歯切れの悪い兄に首を傾げたら、マルグリットが口を開いた。
「陛下はお寂しいのでしょうか。戻ってらした妹君が、また手を離れてしまうんですもの」
そんなことはないと言い訳を始めるルヴィ兄様を挟んで、私はマルグリットの会話術に感心していた。今のは、さすがに溺愛しすぎでは? の他に、私へもチクリと刺してきた。
私が手を離さないと、いつまでも陛下は成長しませんよ、と。重ねて、注意しないとまた邪魔されそう、とも。本当に得難いご令嬢ね。敵にならなくて助かったわ。




