68.この幸運に感謝を ***SIDEクラウス
ようやく二人きりの逢瀬の誘いがあり、喜んでいたらアディソン王国が動いた。ここまで待たせたのなら、明日以降にすればいいものを。舌打ちしたい気分だが、ヴィクトーリア様に隠すのも失礼だ。
「そう……やっと動いたのね。焦らせるから、報復の方法をたくさん考えてしまったわ」
リヒター帝国の報復は、常に厳しい。他国では軽い刑罰で済む罪も、しっかりと裁いてきた。だが無差別ではない。国を揺るがすもの、帝国や皇族の誇りを穢すものには、一切容赦がなかった。私から見ても当然の処置だ。
ヴィクトーリア様は、皇族の誇りを体現したような女性だった。誇り高く、強く、美しく残酷で……心奪われる魅力がある。この方に死ねと命じられたら、嬉々として従う騎士や貴族も多いだろう。
彼女に夫として望まれたなら、全力でお守りし支える。帝国貴族の義務ではなく、私自身がそれを望んでいた。この方に従属する権利を与えられたことは、最高の栄誉だ。
せっかく与えられた権利なのに、最低限の義務を果たさず投獄された愚かな男を思い浮かべた。人生最高の幸運を自ら手放してくれたお陰で、私にもチャンスが巡ってきたのだ。感謝するべきだろうか。
逢瀬を中断したことに不満があるのか、ヴィクトーリア様の機嫌が悪い。数日以内にご一緒しましょうと伝えれば、微笑んでくださった。神殿で先に降りて、手を差し伸べる。今までは叔父である大神官様の役目だったが、私が婚約者として腕を組めるのだ。気分は最高だった。
大神官様の執務室へ入り、アディソン王国から届いた返答書に目を通す。読み終えたヴィクトーリア様は、私にも読むよう促した。どうやら作戦に加えていただけるようだ。
「これは公開質問状への返答なので、当然……公開可能ですわね。すべての神殿に質問状と一緒に貼り出すよう、手配してくださる?」
「だが……トリア、君が騙された話を民に伝えるのか?」
ウルリヒ大神官様は、ヴィクトーリア様の叔父だ。可愛がる親族が好奇の目に晒されることに、抵抗があると渋った。
「失礼致します。ヴィクトーリア様の話を嘘偽りなく広めることで、信者をこちらに引き込むことができます」
頷くヴィクトーリア様は満足そうに微笑み、大神官様は目を閉じてしばらく考え込んだ。組んだ右手の指が左手の甲を叩く。動きがぴたりと止まった。
「トリアに従おう。最短で公示させる。いい夫を見つけたな、今回は心から祝福しよう」
「あら、叔父様。私は未婚でしてよ?」
ふふっと笑うヴィクトーリア様に、参ったと苦笑いする大神官様。その間に置かれた手紙は、策略の種になる。煽る役くらいは任せてもらえるだろうか。
「帝国貴族の扇動と取り纏めは任せたわ、クラウス」
「はっ、必ずやご期待に……」
「言葉が違うでしょう? 臣下ではなく私の婚約者なの」
言い切られて実感が湧く。陛下のご命令があって婚約者に決まった。腕を組んでも逢瀬に誘われても、どこか現実味がない。どこかで「これは夢だった」と覚めてしまう気がしていたが、ようやく現実と認識できた。
「承知しました。愛しい婚約者の頼みとあらば、ローヴァインの名に懸けて、希望の結果を出してご覧にいれましょう」
「頼りにしているわ」
帝国貴族への根回しなど、部下に任せればいい。弱みを握り、秘密を暴き、半数近くは取り込める。残りもすぐに落ちるはずだ。何一つ瑕疵がない家などないのだから。
民の扇動はもっと容易だった。神を蔑ろにする行いだと、アディソン王国の不実を触れて回ればいい。皇妹殿下への不敬を、神々への不遜な態度に挿げ替えれば……すぐに踊る。
「あら、悪い顔……素敵ね」
ヴィクトーリア様の声で、頭を切り替える。大神官様には「結婚式まで手を出すでないぞ」と注意を受けてしまった。なぜかヴィクトーリア様が返す。
「叔父様ったら、わかっています」
もしかして、手を出されるのは、私のほうか?




