37.神殿内も大掃除の時期ね
帰りは、叔父様も同行すると言い出した。神殿騎士団は信用できないのかしら? そう尋ねたら、思わぬ返答があった。
「今日は情報を流したばかり。おそらく焦って動く奴が出るぞ」
特に明言はしなかったけれど、想像はつく。デーンズやアディソンなど、西側の出身者が危険ね。神殿騎士にも数人いると告げ、叔父様は意味ありげに笑った。
なるほど、この際に神殿内の大掃除をなさるみたい。お手伝いしましてよ? 大切な叔父様の望みですもの。にっこり笑って了承を示せば、すっと腕を出される。本来なら婚約者や家族以外と腕を組むのは、はしたないと言われるわ。でも神官は別なの。
男女関係なく、神官は神々に人生を捧げる存在だった。伴侶を求めず、神々の教えに従って生き、御許へ召される。叔父様も妻帯しなかった。先ほどの会話で「あと二十年若ければ」は、実年齢の話ではない。大神官を目指す前だったら、という意味でしょう。
「これでも、叔父で神官ですから。姫様のエスコートで腕を組めるのは光栄です。神々もお許しくださるでしょう」
「私こそ、畏れ多いですわ。女神様に花籠を捧げさせていただきます」
女神には花籠、男神なら柊の枝。はるか昔から伝わる感謝を伝える作法を口にした。扉を出れば、誰が聞いているかわからない。いつ聞かれてもいいように、穏やかで表面を取り繕う会話を心がけた。
「大神官様とご一緒できるなら、神々も安全を見守ってくださるでしょうね。私は恵まれております」
「婚約のご報告、ありがとうございました。神殿として『今度こそ』ご成婚の正確な記録を記させていただきます。もちろん、私が自ら行う予定です」
聞き耳を立てる神官へ届くよう、強調しながら言葉を選んだ。大神官であるウルリヒ叔父様が、自ら私の結婚記録を記す。デーンズ王国としては、防ぎたいはず。アディソン王国は認めたくない出来事になるでしょう。
馬車に乗り込み、叔父様と並んで座る。向かい合わせが正しい位置だけれど、今回は意味があった。叔父様の子飼いの神殿騎士が正面に座るの。これで、二人きりの噂を防ぎ、私達の安全が保たれるわ。大神官が皇妹の結婚式の相談を受けていたら、襲撃された。その証明よ。
揺れる馬車の周囲には、国を問わず神殿騎士が並ぶ。アディソンもデーンズも……それ以外の国々も。神殿と皇宮の間に、林がある。人の手が入った林は、神々の加護を受けた動植物の楽園だった。この辺りは、周囲に人も家もない。
「そろそろ、ね」
「ケガをしてはいけませんから、こちらをどうぞ」
叔父様は、神官服に羽織る布を外す。神布と呼ばれ、一定以上の地位にある神官が纏う。色や刺繍で地位を示す、階級章の役目もあった。言葉に従い、素直に被ったところで馬車が揺れた。向かいの神殿騎士が剣の柄を握る。
派手な音で窓が割れた。入ってきた槍の穂先を、騎士が叩き切る。と同時に、馬車の外で怒号が響いた。物音が聞こえ、騒がしくなる。私達を守る位置で、盾になる騎士は警戒を緩めなかった。
どのくらい経ったのかしら。礼儀正しいノックの音がする。コン、コココン、不思議なリズムで二回叩かれた。騎士が扉の内鍵を開ける。叔父様にお礼を言って、薄紫の神布を返す。
「私が先に出ましょう」
神殿騎士に続き、叔父様が降りた。私は手を借りて、最後に馬車を出る。倒れていたのは四人、これが紛れ込んだ不純物ね。押さえ込んだ六人は、厳しい表情で武器を突きつけていた。
「ご苦労でした。左端を残して、神の御許へお還ししてください」
丁寧な口調で、残酷な命令を下す。大神官による殺害命令に、神殿騎士は淡々と従った。騎士の資格を剥奪された四人から鎧や装備を外し、首を刎ねる。死体は一箇所に集められ、埋められた。
「アレはどうなさいますの?」
「前皇帝陛下にお願いされました。獣が出たら一匹だけ残してほしい、と。お持ちして、今度の祭典の花籠の寄付をお願いする予定です」
お父様が? 謝礼を払うから連れてこいと言ったのね。何に使うのか、とても気になるわ。




