195.私のものになりなさい!
揃った九人の大神官に見送られ、祝福を受けて婚礼を終える。お披露目は四日後なので、ドレスを汚さないように保管しないといけないわ。そう囁いたら、お任せくださいと抱き上げられた。
「鍛えているのね」
「トリア様を抱き上げるのに、ふらついたら恰好がつきません」
そんな理由ではないくせに。命を狙われるから、対抗するために腕を磨いた。万が一、護衛と引き離されても生き残れるだけの実力が必要だったはずよ。私もそうだったもの。運ばれて馬車に乗り、中でも膝の上にいた。下りる時も抱いたまま……は危険なので、やめてもらったわ。
「残念です」
「ふふっ、でも腰を痛めたらお預けよ?」
「……っ、それは……苦行ですね」
腰を痛めたら、夜は別の部屋で休むことになるわ。ぼかした部分を察したクラウスは、息を呑んだあとで妥協した。並んで歩き、公爵邸の使用人達の挨拶を受ける。新築かと思うほど直した屋敷は、美しい白い壁で私を迎えた。
執事コンラートも、今日付けをもって公爵邸へ職場が移る。アディソン王国のときは皇妹付きのままだったの。今回はきちんと異動の手続きを行ったわ。戻る気がないんだもの、当然よね。裾を持つエリーゼも同様だけれど、乳母のアンナは別なの。ジルヴィア付きに変更された。
新しい使用人の顔と名を覚えるのは、明日からにしましょう。今日の私はクラウスの相手で手一杯になりそうだから……。
「奥様、お着替えをなさいますか?」
尋ねるエリーゼ以外にも、宮殿から異動した侍女達がいる。公爵邸の使用人との交流の甲斐があって、すぐに準備が始まった。連携も問題なさそう。
通された部屋は、公爵家女主人となった私のために整えられていた。見知らぬ鏡台に、見覚えのある化粧品が並ぶ。クラウスと別れ、まずは身を清めないといけない。宝飾品を外してコンラートに預けた。彼が部屋を辞すのを待って、髪を解き服を脱ぐ。
婚礼衣装はお披露目でも使うため、丁寧にトルソーへ戻された。下着姿のまま、しばらく衣装を眺める。なぜかしらね、お母様に見て頂きたかったと……唐突にそう思ったの。亡くなられたのが早かったから、ガブリエラ様との記憶のほうが多いのに。一目見せたかった。
感傷を振り払うように首を振り、入浴する。洗った髪を乾かし、化粧を落とした肌に薄化粧を施した。手際のいい侍女達に任せ、軽食を摘まんだ。サラダとハムを挟んだパンに、果物……最後にお茶で喉を潤す。
私室の間に用意された夫婦の寝室、そこへ続く扉に手を掛けた。かすかに指が震えている。私、緊張しているの? 初めてでもないのに、おかしいわね。自分を笑って扉を開けた。
まだ明るい午後の日差しが差し込む部屋で、クラウスが待っている。私の後ろで、エリーゼが扉を閉めた。クラウスは少し困ったような顔で首を傾げる。
「カーテンを閉める前に、話をしませんか?」
「……ええ、そのシャンパンを頂きながら」
透き通ったハムがチーズを包み、オリーブが飾られた皿。鮮やかな魚とサラダの皿。どちらも手付かずにするのは、気が引けるわ。薄着の私に、クラウスはガウンを掛けた。
「目のやり場に困ってしまって」
「あら、いくら見てもいい立場を手に入れたのよ?」
くすくす笑って、シャンパンをグラスに注ぐ。互いに掲げて、触れる手前で止めた。互いに決まり文句の「幸運を」を口にして、ゆっくりと傾ける。一口、それからもう一口。あまり飲むと、このあとが大変かしら?
話は他愛もないことばかり。いくつか言葉を交わして、肌が色づく程度に酒精を帯びて……ベッドに転がり込んだ。じゃれるようにしな垂れかかった私を抱き上げ、軽々と運ぶから。手を離そうとした彼を引き寄せたの。焦ったクラウスの首に腕を回し、唇を重ねた。
まだ夕暮れに早いけれど……カーテンを引く間も惜しいわ。観念して、私のものになりなさい!




