194.愛しているわ、だから結婚するの
執事コンラートから連絡が入った。クラウスがローヴァイン公爵邸を出たと。結婚の誓いはそれぞれに行い、最後にお披露目の夜会が行われる。今日は私とクラウスの誓いを立てる日だった。各国の使者は予定通り到着し、すでに宮殿内でもてなしが始まっている。
神殿で着替えた私は、振り返ってジルヴィアに微笑んだ。私がローヴァイン公爵夫人となる誓いを口にしたら、ジルヴィアは私の手から離れる。と言っても、先日の取り決めに従い、マルグリットと一緒に育てるのだけれど。
「愛してるわ、ジルヴィア。クラウスよりあなたを優先するくらい……大好きよ」
我が子は分身と口にする人もいるけれど、私は違う。それ以上の存在だった。濁った血を薄めた娘は、今後の皇族を率いる女帝となる。そんな地位がなくても、この子は特別だから。
結婚式には、乳母のアンナに抱かれたジルヴィアも参加する。明日のルヴィ兄様達の結婚式もあるから、このまま神殿に宿泊予定だった。赤子の移動は負担になるから、仕方ないわね。お父様やガブリエラ様も、四組の結婚式が終わるまで神殿に滞在すると聞いた。
用意された椅子から立ち上がり、裾を確かめるエリーゼに感謝を告げる。早朝から準備をさせてしまったわ。手伝った他の侍女達も目を潤ませ、見送った。フィッシュテールの長い裾を捧げ持つエリーゼを従え、用意された部屋を出る。
明日はマルグリット、さらに翌日はコルネリア、最後のアデリナもこの控え室を使うはずよ。一週間かける予定だった結婚式は、四日連続で行われるの。代わりにお披露目を延長し、三日間の宴と一週間の祭りで祝う。別々に行うより安いけれど、予算額を見てぞっとしたわ。
リヒター帝国の花嫁は、ヴェールを被らない。皇族女性は王冠型ティアラを、貴族女性はカチューシャタイプのティアラを装着する習わしだった。慣習に従い、小ぶりな王冠型ティアラを用意する。流した銀髪はやや緩く巻き、頭頂部より左側に傾けてティアラを装着した。
手のひらに乗る程度の小さな王冠だから、真っすぐつけるより傾けたほうが似合うの。歩くたびに白い内側のスカートが揺れて、銀刺繍が光を弾いた。着崩れないよう、慎重に足を踏み出す。神殿の廊下には、深紅の絨毯が敷かれていた。この日のために準備された絨毯を踏みしめて、祈りの間へ向かう。
綺麗に晴れた空に目を奪われた。祈りの間の前で待つクラウスは、いつもより二割ほどいい男だった。豪華な衣装が映えるわね。
「……っ、トリア様……お綺麗です」
感動した様子のクラウスに微笑みかける。他の王国では父親や兄がエスコートするが、帝国は夫になる男性と入場した。待っていたクラウスと腕を組み、中で待つ親族や来賓の前に進み出るのよ。緊張しているつもりはなかったのに、大きく深い息を吐き出したら楽になった。
「ありがとう、クラウス。愛しているわ」
「私もです。いえ、愛しているでは足りません」
もっと深く重く暗く……眩しい感情だ。クラウスの表情から読み取り、ふふっと笑った。肩が揺れたので、腕を組んだクラウスが首を傾げる。
「いえ、あなた……自分が思っているより感情が表に出るのね」
「そうでしょうか」
とぼけて見せるけれど、隠す気がないみたい。クラウスの瞳がとろりと甘く私へ向けられ、きっとそれ以上に甘い笑みを浮かべる私がいる。合図を受けて、呼吸と足並みを揃えて入場する。神々の像を回って一柱ずつ挨拶を済ませた。
叔父様の後ろには、他の大神官七人が並んで……壮観だった。軽く頭を下げた私達の上に、祝いと祈りの言葉が掛けられる。互いをどこまでも尊重し、愛し、疑うことなく死ぬまで添い遂げるか。尋ねる響きに「はい、誓います」と返した。クラウスも同じ。
ここでようやく私達は互いに向き合う。目を閉じた私の額に彼が唇を当て、儀式は終わり。結婚式の形が整ったところへ、思わぬプレゼントが用意されていた。
「こちらを」
クラウスは指輪を取り出し、私の左手に嵌める。薬指に光る指輪は、紫の宝石が埋め込まれていた。同じ指輪がクラウスの指にも輝く。
「束縛の証です」
「……お兄様達が真似しそうね」
小声で会話をして微笑み合い、人々の祝福を受けた。今日は本当に素晴らしい日だわ。




