191.皇家に新しい風を吹き込む
気取った雰囲気は、次のマルグリット様の一言で崩れた。
「もう! 私抜きの場所で決めるなんて酷いわ。トリア様なら呼んでくれると思っていたのよ」
気安い口調で抗議され、当事者なのに話し合いに呼ばなかった失礼に気づいた。今まで家族ですべて決めてきて、今回もこれから家族になる人を交えるべきだった。
「ごめんなさい、呼ぶべきだったわ」
ついいつもの口調になってしまい、言い直そうか迷う。けれどマルグリット様は嬉しそうに微笑んだ。両手を胸の前で合わせて、笑顔で言い切る。
「今の口調がいいわ。気楽でお友達みたいに言い合える関係がいいの。アデリナ様は元からそういう話し方だけれど、コルネリア様も距離を感じるでしょう?」
「皇妃になるんですもの、仕方ないわ。私達に敬称を付けて呼ぶ必要はないのよ?」
「ならば、義姉妹で呼び捨てがいいわ。公式の時だけ肩書きで呼べば問題ないはずよ。そうしましょう! ガブリエラ様に提案します」
マルグリット様って、こんな性格だったのね。読み誤ったとは思わないけれど、想像より積極的で前向きな方だったわ。自分の未熟さに気づく。世界の中心に立った気分で、何もかも知っているような顔で……でも何もできない未熟者だった。
「マルグリットがそれでいいなら……私は問題ないわ」
呼び捨てを提案されて、頑なに断るのも失礼よね。公式の場できちんと振る舞えるなら、彼女の言う通り問題にならない。
「マルゴーと愛称にして。私はトリアと呼ばせてもらうから」
「畏まりましてお受けいたしますわ、マルゴー」
「あら、今の言葉ならマルグリット様ではなくて?」
冗談を言い合って笑う。先ほどの話を持ち出し、補佐官就任をもし断ったら? と問うたら「命じたわ」と返された。頭の回転も度胸も素晴らしい。私の目利きも悪くなかったみたい。
「補佐官として、顔を出した時にジルヴィアと触れ合って頂戴。皇女には母親が二人と、年の離れた姉が二人できるのよ」
母親が私とマルゴー、コルネリアやアデリナは姉? ちょっと無理があるわ。ふふっと笑ったら、マルグリットの表情が柔らかくなった。
「トリアは形を決めたら、そこに当て嵌めようとするでしょう? でも私は逆なの。入らないと思ったら枠の大きさを変えるわ。タイプが違うからこそ、協力したら無敵ではないかしら?」
「マルゴーの言う通りね。国母たる皇妃殿下にぴったりの人材だわ」
膝の上のジルヴィアが「あぶぅ、ぐぅ」と同意するような声を上げた。両手をじたばたと動かし、忙しない。絨毯の上に下せば、すぐに這い這いを始めた。
「運動能力が高そうね」
「私に似たら、運動神経は良いはずだけれど」
夫ですらなかった男をちらりと思い浮かべる。一応騎士団長の肩書きはあったけれど、フォルト兄様に「あれはダメだ」と言い切られていた。鍛錬をサボった結果か、元からの素質か。外見が私に似ているから、能力も似てくれたら……マシかもしれないわ。
「こんなにそっくりなんだもの。すぐに本人も気づくし、周囲も口さがなく話すでしょう。知らせずにいるより、最初から母が二人いると理解させるほうがジルヴィアのためよ」
マルグリットの静かな言葉に耳を傾けながら、這い這いを続ける娘を見つめた。そうね、ガブリエラ様も実子のように育ててくれたけれど、実母と引き離したりしなかった。これがリヒター皇族の子育てとして、肯定してしまおう。
誰が産んでも、一族の子は皆で育てる。コルネリアやアデリナの子も同じ。互いに互いの子を愛し、慈しみ、守っていけばいいんだわ。混じる血が増えて、世界が広がっていくように。あり方を一つに限定せず、可能性を広げればいい。
新しい考えの風を吹き込んだマルグリットと出会えたことに、心の底から感謝した。




