186.陞爵と昇進が渋滞する広間で
私との正式な婚約が整ったことで、陞爵する貴族が集められた。筆頭は、公爵位を得るローヴァイン侯爵家ね。他にもティム・リールの将軍職就任と……フォルト兄様の副官ハイノも将軍職と男爵位が決まっていた。平民の商人が一人、孤児院への寄付額で男爵位を与えられる。
職人や村の長などへの報償も含めると、全部で二十人ほどだ。今回は規模が大きかった。そのため本来は騎士爵が十人ほどいたのだけれど、後日改めてとなっている。気の毒だけれど、仕方ないわ。代わりに臨時報酬を与えておいた。
フォルト兄様はクラウスとの手合わせが気に入ったようで、やたらと彼に話しかける。
「フォルト兄様、クラウスは私のですわ」
「……むっ、少し貸してくれてもいいだろう」
「ダメです。減ります」
厳しく言って、クラウスの腕を引いた。嬉しそうなその顔はどうなのかしらね。もしかして、助けるのを待っていたの?
「フォルト、トリアを困らせるな」
アデリナに注意され、フォルト兄様は目に見えて肩を落とした。仲が良くて何よりだわ。ルヴィ兄様は私達のやり取りを楽しそうに見ているだけで、口を挟まなかった。エック兄様は采配があるから、それどころではなさそう。
これからリヒター帝国の宮殿、表の宮にある大広間で陞爵の儀が行われる。神殿に関係ない行事のため、叔父様も皇族の席に着いた。やや痩せたお父様とガブリエラ様も並び、マルグリットやコルネリアもそちらに座る。婚約者は皇族席に座るのが決まりなのよ。
アデリナはフォルト兄様と腕を組んで、豪快に貴族の間を抜けていく。決められた席に腰掛けた彼女に続いて、私も席へ向かうのだけれど。クラウスの腕を離し、一歩進んで振り返った。
「待っているわ」
「っ、はい」
感極まった様子で、クラウスは言葉を詰まらせた。今回は弟オスカーも、ティムの妹で婚約者のドーリスを連れて貴族席にいる。家族と未来の妻が見ているのよ。しっかりね。笑顔で頷いて歩き出した。裾が広がるコートのような布を重ねたドレスで、ゆったりと席に着く。
宰相であるエック兄様の呼び出しで、玉座で待つルヴィ兄様の前に進む。クラウスの晴れ姿を、しっかりと目に焼き付けた。膝をついて爵位を証する印章を受け取る。各家に合わせて職人が彫り上げる、紋章入りの印章は契約などの重要な書類に押す当主の証だった。それ以外にも、普段使いする印章が用意されるわ。
一礼して下がる際、ちらりと私に視線を向けた。もう! ちゃんと皇帝陛下に頭を下げなさい。そう思いながらも、私を意識してくれるのは嬉しい。叱られたら、庇ってあげる。にこっと笑って見送った。
隣のフォルト兄様が「ハイノのやつ、緊張してるな」と呟く。右手と右足が一緒に出そうなぎこちなさで、ハイノが歩いてきた。元帥であるフォルト兄様の副官をしてきたから、ティムより順番が先みたい。なんとか膝をついて剣を授かり、立ち上がって胸元に勲章を貰った。
ティムが現れ、ハイノと同じように剣や勲章を受け取る。二人とも平民なので、追加の支援も必要になるわ。エック兄様が上手に手配するでしょう。こういった小さな部分まで私が口出しすると、エック兄様の面目が立たないから。男爵位も授かったハイノに対し、功績がまだ少ないティムは騎士爵に留まった。
こういうさじ加減は、エック兄様の得意な分野ね。屋敷も少し差をつけて与えると聞いた。同じ将軍職でも、貴族の爵位で上下が決まる。経験の差を考え、危険の配分も変えられるわ。妹ドーリスが結婚するのだし、お祝いにもなったかしら?
不幸続きだったローヴァイン侯爵家は、皇族である私を迎えて公爵に格上げされる。弟オスカーは将軍の妹を娶り、子爵家を継ぐ。憂いが一つずつ消え、クラウスの重荷が軽くなることを祈った。




