184.ずっと隠してきたのね
まだ目覚めないクラウスを眺める。ローヴァイン侯爵家に関する調査報告は、事前に受け取って目を通した。残酷な事実と、断罪の記録……私が知るクラウスの記憶には弟がいる。将軍に任命する予定の騎士ティム・リールの妹ドーリスの婚約者だったはず。
でも調査結果に、ローヴァイン侯爵家の息子は一人と記されていた。それがクラウスを示すなら、弟はどこから来たの? 皺の出来たシーツに寝そべり、クラウスの髪を指先で触れる。触れて揺らし、遊ぶように絡めた。
「ん……とりあ、さま?」
まだ寝ぼけているの? いつもははきはきと話すのに、声が揺れているわ。不安に震える子犬のようで、微笑んで前髪をかき上げた。現れた額に唇を触れさせる。
「おはよう、クラウス。素敵な夜だったわね」
意味ありげな言い方をすれば、目を開いて起き上がろうとした。それを手で押さえて、頬にキスを一つ。そのまま待てば、クラウスから唇へ触れた。重ねて離れるだけの、子供騙しのキスだけれど。
「あなた、大事なことを隠しているわね?」
「……弟の存在、ですか」
疑問ですらない。確信を持った響きで自ら白状した男は、言葉を選んで遠回しに表現した。
「両親の子は私だけですが、弟もローヴァイン侯爵家の血を引く直系です」
頭にぱっと浮かんだのは、浮気した愛人の子。いわゆる庶子ね。でも先代ローヴァイン侯爵夫妻の仲の良さは有名だった。あとから判明したの? それとも……。
「すみません、惑わす言い方をしましたね。正確には弟ではなく、一番下の叔父です」
「……は?」
叔父? ローヴァイン侯爵家の直系は父親で、その弟……? クラウスより年下の?!
「祖父が若い女に産ませた子です。父母が亡くなった後、発覚しました」
祖母はとうに儚くなり、祖父は一人で領地の屋敷に住んでいた。身寄りのない若い女性を雇ったところ、うっかりお手付きになったのね? 詳しく聞き出して、目元を手で覆って呻いた。不幸な身の上に同情し、献身的に世話されるうちに情が通じた? 皇族並みに複雑な家庭事情だわ。
「なぜ弟にしたの……と聞くまでもないわね」
「ええ、打ち明けられたのは父母の死後一年ほど。まだ混乱し、親族と対立している中……祖父が亡くなりました。その際に知ったのです」
祖父に預けていた弟、という体で一族に引き入れた。誰も疑わなかったのは、クラウスも弟も外見が祖父と似ていたため。いえ、クラウスの場合は祖父に似た父親そっくりだった。
「私に何かあった時、家を継ぐ者が必要でしょう?」
親族を処分するときに反撃される危険、罪人として捕まる可能性、万が一の事態はいくらでも想定できる。どんな状況になっても、両親を殺した者や協力した者に家督を渡したくなかった。両親を殺した叔父の下に、さらに叔父がいたなんて。
「よく隠し通せたわね」
「神殿へ間違った申告をしました」
嘘ではなく、届け出に間違いがあっただけ。クラウスが口にした言葉に、私は首を横に振った。
「違うわ、弟で正しいの」
そのまま押し通しなさい。事情を知る当事者を、クラウスが残しておくわけはない。お産の関係者や弟の実母に至るまで。完璧に処理しているでしょう。ならば、このまま押し通せばいいわ。
「神様にはきちんとお詫びしておけばいいのよ」
「……そういうものでしょうか」
「ええ。知らなかったの? 神様って残酷で厳しくて……とても情が深くて優しいの」
神殿内のことだから、叔父様に相談ね。婚約式に呼ばなかったのは、神殿を騙した形になっているから。原因の弟を神殿に近づけたくなかったのよ。
「結婚式には弟を呼びなさいね。これは命令よ。それと、もう隠し事はない?」
「はい。やっと話すことができました」
晴れ晴れとした顔で、クラウスが身を起こした。そういえば、婚約の話を持ち出した時「いつか伝えたいことがある」と言っていたわ。これがそうだったのかしら?
髪をかき上げ、ごくりと喉を鳴らして水を飲む姿に……ときめいてしまった。




