表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】妻ではなく他人ですわ  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

183/206

182.心地よい話ではないけれど

 シャンパンを開けて、料理を楽しみ……白ワインのボトルが半分空いた頃。クラウスは細く深い息を吐いた。溜め息と呼ぶには小さくて、でも何かを決めた覚悟が感じられた。


「聞いていただけますか? 耳に心地よい話ではありません」


「もちろんよ」


 聞きたいと願ったのは私、あなたは私に「話すよう命じられた」も同然だもの。命じる言葉を使わなくても、あなたは私に逆らえない。皇族に対して敬意を示し、私をどこか神聖視していた。口を開こうとして戸惑う仕草に、何も言わずグラスを空けた。


 空のグラスを軽く揺らして促し、クラウスは無言で注ぐ。これが合図となった。


「私の両親は幼い頃に亡くなりました。領地へ向かう馬車での事故、とされています」


 事故ではなかった? それとも行き先が違う? 無言で首を縦に揺らした。頷くほど大きくなく、でも聞いていると示す程度の所作よ。クラウスは手元のワインを飲み干し、私が手を伸ばすより早く自ら満たした。手酌はダメだと言ったのは、クラウス自身なのにね。


 届かなかった手を握り、引き戻す。


「あの頃の私は力がありませんでした。おかしいと思っても、声を上げても誰も取り合わなかった。僅か八歳の子供の言葉に、価値がないのはわかりますが」


 それでも誰かに救ってほしかった。どうしたのと聞いてもらいたかったのね。


「領地へ戻るなら、我が子に一言くらい話すでしょう。それが緊急事態であるなら、執事や侍女長に言い残すことも出来た。でも何もなかったのです。彼らもどうして父と母が突然領地へ向かったのか、聞いていませんでした」


 確かにおかしいわ。侯爵家ともなれば、領地には家令、王都にも執事を置く。彼らは当主がいない間の代理人としての権限があり、当主の行き先は把握しているのが普通だった。何も言わずに出かけたのか、または話すことができない状態で外へ出されたのか。


「父と母の訃報が届いた翌日でした。親族が押し寄せて、誰が私の面倒を見るか……話し合いを始めたのです。侯爵家を継ぐには若すぎる。それまでの後見人だと言い張って、()の味方をする執事や侍女長を追い出した。権力に集る連中の中、俺は孤立無援となり……」


 ぐいっとグラスの中身を煽る。悪い飲み方だけれど、いっそ酔っていなければ口に出せないのでしょうね。私はボトルを手にして、そっと注ぎ足した。揺れる白ワインをまた二口、そこでクラウスはグラスを置いた。


「親族が好き放題して、領地や民が苦しむのを……俺は防げなかった。力を蓄えて叩きのめす日を夢見て、ただ拳を握って過ごしましたよ。幸い、彼らは俺を殺そうとはしなかった」


「そうでしょうね」


 ここでようやく口を挟む。伯爵家以上は上位貴族と称される。継承権については法で定められ、直系が絶えればすぐに調査が入った。国の調査に賄賂は効かない。だから唯一の後継者であるクラウスに手出しができなかった。この法は、お祖父様の代に施行されていた。


 さすがに国を相手に隠し通せないと考えた親族は、後継のクラウスを飼い殺そうと考えたはず。


「ええ。トリア様のお考え通り、学をつけないよう教師を与えず放置されましたよ。俺が賢くなると困るんでしょうね。独学で学び、足りない部分を読書で補いました」


 一人称が「俺」になってから、口調が少し荒れている。本来の彼がこうなのかしら? 不思議と好ましく思えて、私は先を促した。


「誇っていいわ、今のあなたは皇族の夫になるほど、立派だもの」


「……汚い手を使いましたが、親族を片づけた。手を出さずに見ていただけの傍観者も含め、実行犯をすべて殺しました」


 ふぅと息を吐いて、クラウスは自嘲じみた顔で唇を引き結ぶ。綻んだ時、予想した答えが零れ出た。


「父と母は、叔父によって殺されていた! あの卑怯な男は父を羨み、母に懸想し、二人を呼び出して殺したんだ。俺は親の仇を討った……」


 彼の右目からすっと一筋の涙が流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
(´;ω;`)ぐすん。
 クラウスさんの背景がずっとずっと気になっておりました…  ヴィクトーリアさんの伴侶に相応しい経歴かと♪  復讐するは我にあり……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ