179.可愛い娘の成長を見守るのは幸せね
ジルヴィアと過ごす時間を増やし、クラウスと一緒に出掛けたりもする。正式に婚約が発表されたことで、二人きりで部屋にいても何も咎められないことが嬉しかった。
「トリア様、ジルヴィア様を私が抱き上げるのですか?」
「ええ、実母の夫になるんだもの。当然でしょう?」
何度も言い聞かせ、ようやく「皇女殿下」からステップアップした。親しげに名前で呼ぶなど畏れ多いと後ろへ下がるクラウスを捉まえ、何度も説得する。私と婚約した今、準皇族の位置にいるのよ。公爵の地位を得たら、皇族とは血縁関係が出来る。その位置で、名を呼ばないのは逆に不敬だわ。
私の強い言葉に、クラウスは折れた。それでも抱っこはハードルが高いみたい。迷っているけれど……迷った時点で負けよ。以前ならいきなり拒んだでしょう。
「ほら、こうして……そうよ」
「っ、柔らかくて、壊れそうですね」
ぎこちない手つきながら、クラウスの腕に抱かれるジルヴィアは、大きな目をぱちりと開いた。凝視して、ふっと目を逸らす。特に嫌がる様子はなさそうね。帝国の青と呼ばれる美しい色合いは、私を見つめていた。
あぶぅ……ぶっ! 何かを訴える響きが面白くて、指を差し出してみる。ぎゅっと握りしめ、勢いよく振った。慌てたクラウスが、体を寄せて抱え直す。
「ジルヴィア様が動くと、落ちそうで……」
不安になったのか、クラウスが音を上げた。彼から受け取った娘を、クッションの上に下す。絨毯の上に置かれたクッションは、ジルヴィアの簡易ベッドほどの大きさがあった。そこで手足を突っ張り何やら運動している。
横目で見ながら、クラウスの手を掴んだ。絡めるように握ったところで、目を見張る。
「っ! いま、ジルヴィアが!!」
「寝転がった、ような?」
状況が理解できないクラウスをよそに、仰向けからうつ伏せになった娘を抱き起こす。
「すごいわ、ジルヴィア。立派ね、もう一度出来る?」
再び仰向けに置くも、なかなか動かない。疲れてしまったのかしら? この小さな体では仕方ないわね。今日はもう休ませてあげましょう。壁際で感激するアンナを呼ぼうとした私は、クラウスに袖を引っ張られた。
「なに?」
「あの……ジルヴィア様が……その」
クッションへ視線を移せば、すでにうつ伏せになっていた。二度目を見逃してしまったわ。貴重なシーンなのに! 文字のように記録できたらいいけれど、無理ね。絵描きに描かせるのも無理だわ。何時間も同じポーズでいられないもの。
「お、お嬢様。すごい」
感激しすぎて声が漏れたエリーゼは、ぼろぼろと泣いていた。その隣のアンナも無言ながら、頬が濡れている。二人で手を取り合い喜ぶ様子に、私も笑みが零れた。
簡単なお祝いをしよう。ここまで育てたアンナに褒美を与えて、エリーゼにも補佐の礼をしたいわね。それからクラウスと、新しいワインを飲みたいわ。
「トリア様のお望みとあらば、全力で」
酔わないように自制します。唇の動きだけで付け加えられた言葉に、声を立てて笑った。こんなに愉快なのは久しぶりだわ。そうね、まだ自制してもらわないと。結婚式が終わるまで、まずいもの。
結婚式の順番は、兄達が協議しているはず。叔父様も参加すると息巻いていたけれど、お父様の進捗が悪くて無理そう。ガブリエラ様はしっかり参加している。当事者の私より、周囲のほうが楽しそうね。




