176.初めてのお祭りを楽しみたいわ
子供が夢中になる弓当て遊びを体験した。的の中央付近に当たると景品がもらえるの。でもなかなか当たらなくて、二回やって全滅。近くで見学していた子が「僕のが上手だ」と胸を張るのでやらせてみたら、本当に二等を取ったわ。
景品はその子に持たせる。すると走って、待っていた妹に渡した。お兄ちゃんと呼んでいるし、顔もそっくりだわ。嬉しそうに手を振って景品の人形を抱きしめる妹の隣で、兄はぺこりと頭を下げる。兄のほうはもう神殿の教室に通っている年齢だった。
こういった行儀作法も最低限教える教室は、親達にも歓迎されている。最初に導入したときの苦労話を思い出し、ふふっと笑った。
「どうなさいました?」
「お祖父様の日記を思い出したの。教室を作ったばかりの頃、子供の親に怒られたそうよ。働き手を奪うのか、って。だから教室に参加すればパンを持たせた。しばらくして子供が計算や文字を覚え、良い仕事に就くと……噂になったのね。誰も文句を言わなくなったと書いてあったわ」
大改革をいくつも推し進めた祖父は、敵が多かった。苦労したと思うわ。でもその改革が実を結び、今では帝国の子供は誰もが教室へ通う。代替わりして親の世代になった当時の子供達は、自分が受けたのと同じ恩恵を我が子に望んだ。
教室を宰相の権限で進めなかったのも、神殿との間にいい関係を築いた。先見の明がある祖父の功績を何度も読み返す私に、日記を渡したのはお父様だったわ。読んでみろと。功績ばかり連ねた本と違い、失敗や葛藤がたくさん記されていた。懐かしいわ。
「私は帝国に生まれて幸せだと、いつも思うのです」
治める領地の民が学んで文字を読み、計算が出来る。それは不要な知識を与えると考える他国から見れば、信じられない光景だろう。だが通達を張り紙しても、民に情報が行き渡る。他国から来た商人に騙される自国民が少ない。どれだけ治世が楽か。
難しい話をしながら歩く私は、輪投げに目を奪われた。
「あれをやりたいわ!」
「年齢制限があります」
指さして示された先に、教室へ通う前の年齢までと記されていた。
「景品は要らないから、一回だけ」
普段は諦めるけれど、今日は特別よ。だって収穫祭を内側から楽しむのは初めてなの。今までは馬車の中や皇族が挨拶する台の上からだった。体験してみたいと訴える私の袖を、つんつんと引っ張る子が現れた。まだ幼い女の子で、赤いリボンで髪を結んでいる。お祭りのお洒落だろう。
「っ、触れては……」
止めようとした騎士に首を横に振る。屈んで「どうしたの」と尋ねた。
「輪投げ、あたちの代わりにいいよ。お菓子、とって!」
クラウスが店主に近づき、何かを話す。と、こっそり金貨を握らせた。こういうところ、本当に貴族よね。それだけあったら、数十回投げられると思うわ。
女の子が持っていた輪は三つ。全部託されたので、絶対に外せないわ。
「頑張るわ!」
一つ目は全然飛ばない。麦藁を編んだロープ輪は、的をかすりもしなかった。すると、後ろに立ったクラウスが私の手に触れる。
「失礼。こうして、こう……力を抜いて」
言われるまま動かすと、的にかかった。最後は一人で投げたけれど、こちらも的に当たって綺麗にかかる。
「やった!」
叫んだ女の子と手を触れ合わせて喜び、お菓子を受け取って渡した。すると一つだけ引っ張りだし、私に差し出す。
「全部あなたのよ?」
「いいの!」
微笑ましいと言わんばかりの笑顔で見守るクラウスと騎士に、恥ずかしいようなムズムズする思いで受け取った。
「ありがとう、頂くわ」
じゃあねと手を振って走り去る女の子を見送り、貰ったお菓子を見つめる。これ、何かしら? 初めて見るお菓子だわ。
「あっ、それ酸っぱいですよ」
クラウスに種明かしされたときは齧った後で、うっと顔をしかめる。でもいい思い出になったわ。




