171.成立した婚約と不在の親族
神に祈った。守護神である愛と豊穣の女神へ、今度こそ私もジルヴィアも幸せになれますように、と。頭に温かな手が触れた気がして、口元が緩んだ。愛はいつだって注がれている。神々は人の祈りに応えて存在を保ち、大きな慈悲を降らせていた。
背いて勝手に争うのは、未熟な人間ばかり。クラウスも幸せにしたいわ。私は欲張りで未熟な人間だもの。このくらいの我が儘は許されるでしょう? 女神様に問う形で祈りを終えた。目を開いて祈りの間を見回す。立ち上がろうとした私の前へ、手が差し伸べられた。
ここは神域であり、神の『息』と『声』を借りて言葉が紡がれる。お礼であっても声に出さずに微笑んで伝えた。彼の手を取って身を起こし、ゆっくりと歩き出す。戻る私達の前には、家族がいた。一緒に儀式を受けた兄三人とその婚約者、そして後ろの壁際で見守るお父様とガブリエラ様。
隣に立つのは、正式に婚約者の地位を得たクラウス。私のドレスのラベンダーを、クラバットと袖のフリルに取り入れた彼に見惚れた。私、本当に彼が大好きなんだわ。そう実感したら、胸の奥がじんとした。
なぜかしら、悲しくもないのに泣き出したい気分なの。大声で泣いたらすっきりしそう。感情が溢れて制御できない感じね。自分でも持て余す感情を呑み込み、兄達の隣に並んだ。
「神々よ、ご照覧あれ! ここに四組の婚約の成立を宣言する」
叔父様の声に続いて、八人の大神官が同じ言葉を繰り返す。王国の神殿に一人、帝国でも二人しか大神官は存在しなかった。だから繰り返しても一回だけなの。全員が同じ言葉を守護神に捧げるので、九人いたら九柱の神々へ繰り返される。
皇族全員の婚約式も豪華だけれど、神殿に大神官が全員集うのも凄いわ。大神官に欠員が出た場合の会議ですら、全員揃わないことがあると聞く。その意味では、デーンズ王国の塔に落ちた雷は、私達への祝砲だった。
促されて祈りの間を出る。まずは婚約した当事者、それから親族、最後に大神官や神殿関係者よ。廊下へ出ると、声を出しても構わない。イエンチュ王国から来たアデリナのお父様は、片膝をついて守護神へ祈りを捧げた。それから同じ姿勢のまま、フォルト兄様の手を握る。
「娘を頼む。アデリナは素直で裏のない子だ。決して裏切るな」
「当然だ。裏切りは死を以て償う! 神々に誓おう」
アデリナなら浮気の心配もないし、死が二人を分かつまで添い遂げそう。ふふっと笑って隣のクラウスに視線を向けたら、眩しそうに目を細めていた。何かありそうね。親族の同席もなかったから、その辺から切り崩せるかしら?




