167.人生の最期に見られたらいいわね
叔父様はあれこれと策略を準備しては、直前のやらかしで台無しにされて……なんともお気の毒なこと。大神官の地位に上り詰め、他の大神官を凌駕する権力を手に入れた。一般的には唾棄する状況なのかもしれない。宗教を権力争いに使ったのですもの。
でも神々は清廉潔白ではなかった。だから叔父様を許し、祈りを聞いて罰を下す。デーンズ王国の前国王が建てた塔が破壊されたと聞き、私は執務机に行儀悪く肘をついた。手にしていたペンを置き、インク瓶を遠ざける。
「素敵ね、悪さをしていた者には、堪えたのではなくて?」
「さすがに手を引くと思います」
クラウスも苦笑いしながら同意した。先代のお父様の治世で愚か者を排除したのに、陞爵した貴族が新たな泥になった。汚泥のごとくへばりつき、ルヴィ兄様の治世を濁らせる。先日の夜会で一掃したけれど、定期的な掃除は必要だわ。
人の策謀ならば、対抗手段を講じればいい。けれど、神罰はそう簡単ではなかった。謝罪も騙しも通用しない。明らかに格上の相手へ、謝罪すら届かないのだから。雷が本当に神による断罪かどうかは、問うべき対象ではなかった。
神罰としか思えないタイミングで、神に背いた塔に落雷した。その空は晴れており、雷の兆候はなかった。この事実が神殿を助ける。貴族が力を持ちすぎたリヒター帝国で、神殿の権威は落ちていた。皇弟だった叔父様が神官として俗世から離れ、神殿に入っても対応は変わらない。
貴族にとって神は遠い絵空事だったの。それが現実に影響を及ぼす状況になれば、もう神殿を軽視できない。権威が最高に高まったところで、すべての大神官が集まって皇族の婚約を祝福するのよ。誰も異議申し立てなんてできないわ。
ドレスの仕立ては着々と進み、アデリナの父君が用意した絹を纏う準備も整った。装飾品は新調したり、宝物庫から選んだり。あとは予定日になるのを待つばかり……。
報告を持ってきたクラウスは、穏やかに微笑んで私を見つめる。その視線の熱は、私の気持ちにも火をつけた。最上位に据えてきた家族より、彼を優先したくなる。こんなに大切なのだから、裏切ったら許さないわ。笑顔で告げると、彼はうっとりと目を細めた。
「トリア様のそのお気持ちが、どれほど嬉しいか。あなた様を裏切るくらいなら、一番苦しい死に方を選びます」
「あら、私を置いていくの?」
「連れて行っても構いませんか?」
「もちろんよ」
あなたが死ぬなら私も……なんて、劇中でよく叫んでいる陳腐なセリフだわ。心地よく感じる日が来るとは思わなかった。
「それなら、相談に乗って頂戴。クラウスも乗る泥船よ」
「承知しました。しっかり補強しましょう」
打てば響く、というけれど。会話が心地よい。大陸にある八つの国が一つに統合される。未来は確定しており、現在すでにあらかたの形を整えた。属国であったり、同盟国であったり。名称は様々ながら、実質は我が帝国の支配下だった。
狭い箱に押し込んだ蟻は、割れ目から好き勝手に這い出る。抑え込もうとすれば、その手を噛むでしょう。だから国を一気に統合する計画は必要なかった。ゆっくりと、世代をまたぐほど時間をかけて……私とクラウスが白髪になって墓に入る頃。ようやく完成すればいい。
「この辺を早めれば、生きている間に見られそうですね」
折角苦労するのだから、統一した帝国を見てから神々の下へ向かおう。思わぬ提案に、私は声を上げて笑った。こんなに貪欲な男を夫に選ぶなんて、私らしいわ。




