166.我々は生かされている ***SIDEリヒター帝国大神官
一つの大陸を支配したリヒテンシュタット帝国が幕を下ろし、宗教や文化を継承したリヒター帝国が誕生した。分かたれた手足のように、七つの王国が興る。幸いにしてそれぞれの神々を祀ることで、宗教の分裂は免れた。この辺りは九柱の神々の御威光によるものだろう。
リヒター帝国に残ったのは、正義と断罪の神、豊穣と調和を司る女神だ。デーンズ王国には死と再生の神、戦争と火の神がアディソン王国へ。自然が豊かなプロイス王国に泉と森の女神、草原を支配するイエンチュ王国は狩猟と風、愛を掲げる女神だった。
シュナイト王国に鳥と空を守護する光の神、ブリュート王国は勝利と平和の女神、アルホフ王国は知恵と商売の神が祀られる。神殿もそれぞれの国の中央に建てられた。国で一番高い建物は神殿である。神々に敬意を示す意味で、ごく当たり前に伝承された決まり事だ。
前デーンズ王はその約定を破った。神々の敬虔なる使徒である大神官を、殺した国まで現れる。神々を蔑ろにする行いに、今朝、ついに鉄槌が下された。それを聞いて、どれほど心躍ったことか。ウルリヒ大神官様にご判断を求めたところ、最上の答えが返ってきた。
品行方正、才色兼備、すべてにおいて完璧なウルリヒ大神官様の仰ることならば、神の言葉に次いで尊重するべきだ。私はそう思う。大神官全員が集まり、神々の怒りである『神鳴り』が落ちた場所で、祈りを捧げる。人心の不安も払拭されるであろう。
祈りを捧げるため、広間へ向かうウルリヒ大神官様に同行した。一柱ごと、丁寧に祈りを捧げるウルリヒ大神官様に続く。怒りを解いてくださるよう神々へお願いし、大神官の務めを果たした。民に応じるウルリヒ大神官様の慈悲深い姿に、感動する。
一週間後、通達を出した我々はデーンズ王国へ向かった。一番遠いシュナイト王国は船を出し、途中でプロイス王国の大神官と合流するらしい。イエンチュ王国の大神官は騎乗して駆けつけ、リヒター帝国と同行する。なんとも逞しいことだ。
他の国々の大神官達も、急いでデーンズ王国に向かっているだろう。三日の祈りを捧げて戻り、そのまま皇族の方々の婚約式を執り行う。これならば全員揃った状態で、祝福が可能だった。九柱の神々の僕がすべて揃う。
リヒター帝国の権威も高まるはずだった。ウルリヒ大神官様なら、そこまで計算なさっている。確信しながら、馬車の中で手を組む。祈りとはどこであろうと捧げることが可能で、神々はいつであろうと聞き届けてくださる。
私は生涯を捧げる魂の拠り所を得た、なんと幸せな男か。いつか、再び一つの帝国となり……この大陸が穏やかに保たれるよう。この信仰が途切れることなく、次世代に継がれるよう祈る。
デーンズ王国到着の翌日には、他の大神官も駆けつけた。神罰と称される落雷で焦げた塔は、無残な姿を晒していた。我々のために祈祷所が用意され、民に感謝を伝えて祈り始める。一日目は民も共に祈った。二日目から塔の解体に着手した。
塔の周囲に建物がなかったので、壊す作業に支障はない。三日目の祈りが終わる頃には、建物の大きさは半分以下になっていた。平屋の屋根ほどだろうか。
「明日の朝までに解体します」
職人達の確約に頷き、祈りを捧げた神官は休憩に入った。明日の朝、もう一度祈りを捧げる予定だ。大神官九人は、毎日祈りに参加した。休憩を挟んだが、ウルリヒ大神官様は体力を保つための食事や仮眠以外、ずっと手を組んでいた。まるで手が固まってしまったかのように。
献身的な祈りの成果か、雨は全く降らない。からりと晴れて、清々しい好天が続いた。あの方のように清廉潔白、無欲に生きたい。そう願いながら最後の祈りを終え、翌日の昼にリヒター帝国へ引き揚げた。次の大仕事は、婚約式の成功か。
揺られる馬車の中、目が閉じて眠りを貪る。大きな手に撫でられたような、大いなる愛を感じた。私は神々に生かされている。そのことに感謝しながら、祈りの旅を終えた。




