164.思わぬ才能……なのかしら?
お茶会がお開きになって、クラウスと腕を組んで宮殿の廊下を戻る。見送った淑女二人の護衛が、フォルト兄様なのは過剰戦力ね。一国が攻めてきても守り抜きそうだもの。なぜかアデリナも一緒に行くと言い張って、ガブリエラ様が穏やかに止めた。
未来の大公妃殿下が馬に跨り、未来の義姉を送っていく? 無理ね。婚姻後なら構わないけれど、今は騒動を起こすと貴族がうるさいの。我慢してもらうしかないわ。フォルト兄様の昔の話をすると餌を撒いて、アデリナはそれに食いついた。ガブリエラ様の後ろを素直についていく。
肩を落として解散した兄達は、少し顔色が悪かった。特にルヴィ兄様は怠そうね。昨夜の飲み会が徹夜だったとか?
「お疲れ様でした」
「楽しかったからいいわ。それより、昨夜は飲まされ過ぎなかった? 二日酔いの心配をしていたのよ」
腕を組んだクラウスの顔色は悪くない。二日酔いは大丈夫そうね。足取りもしっかりした彼のエスコートで廊下を進んだ。途中で、シーツを持った侍女とすれ違う。
「エッケハルト様が最初に潰れまして……」
え? 名前で呼んだの? ということは、許可を得たのよね。あのエック兄様から……?! 驚いて凝視する私の様子から気づいたクラウスは、穏やかに兄達の名を呼んだ。
「ルートヴィッヒ様、エッケハルト様、フォルト様。皆様に許可を頂きました」
フォルト兄様は愛称だなんて、よほど気に入られたのね。
「よかった。心から嬉しいわ!」
表面上は穏やかで優しい人誑しのルヴィ兄様は、実のところ人見知りなのよ。誰でも平等に距離を置いて穏やかに接する。でも次に会う時には忘れているくらい薄情だった。身内には甘くて優しい人だけれど、線引きが激しいの。
話した相手の顔も名前も覚えていないくせに、会話内容は記憶している人で……少し会話すると前回の雑談を思い出して、それなりに対応してしまう。だから気づかれないのよね。別れた後でよく首を傾げているのが、覚えていない証拠だった。それなのに名を呼ぶのを許しただなんて。
エック兄様は顔も名前もちゃんと覚えてくれる。でも親しく接することを極端に嫌うわ。人嫌いと思われているほど、冷淡に切り捨てるような話し方をした。他人に感情を動かされるのが嫌いなのよ。この部分に関しては、私も似た部分があるわ。
フォルト兄様は人懐こいけれど、覚えない。顔も名前も会話の内容も、すべて忘れるタイプだった。全員違うタイプなのは、何の悪戯かしらね。ただ、フォルト兄様が一番付き合いやすいと思うの。忘れていると承知していたら、最初からやり直せばいいんだもの。
基本的に人間が好きな大型犬みたいな人だから、懐に入れた者は大事にするわ。自分の毛皮で包んで守ろうとする。それで部下達もフォルト兄様に心酔してしまうの。どの兄も一癖も二癖もあるのに、よく全員から名を呼ぶ許可を得られたこと。
感心しながら、曖昧にぼかして伝える。
「そんなに親密になるだなんて、飲み会の話が気になるわ。どんな話をしたの?」
「ほとんど、トリア様に関するお話ばかりでした。お酒は棚にあった分をすべて消費したのですが、途中で足りなくて追加しています。美味しいお酒ばかりで、今度地方のお酒を献上する約束をしました」
ルヴィ兄様のコレクション、飲み尽くしちゃったの? 兄の中で一番の酒豪はルヴィ兄様、順番にエック兄様とフォルト兄様が続く。一番弱いフォルト兄様でも、そこらの酒飲みより強いはず。
「ルヴィ兄様の顔色が悪かったのは……もしかして」
「二日酔いはないと思います。二度も嘔吐して胃を空にしましたし……」
あれだけ吐いたのだから、お酒は残っていないだろう。けろりと言い切ったクラウスに、私は額を押さえて呻いた。昨日の飲み会で、一番お酒を飲める人がクラウスだったのね。




