162.意外な人が赤子慣れしていた
「おや、似合うではないか」
ジルヴィアを抱いたマルグリットに声を掛け、ガブリエラ様が現れる。赤子を抱いているので立ち上がれないマルグリットが、慌てて会釈した。立ち上がらずとも良いと示しながら、アデリナを伴ったガブリエラ様は絹の壁をかき分ける。きょろきょろと見回し、困ったような顔になった。
「コルネリアはまだか? ならば、私が一度引こう」
「……お気遣いありがとうございます。とても助かりますわ」
話す間に彼女が到着するといけないので、ガブリエラ様はこっそりと裏側から出ていく。その間に、アデリナは笑顔で近づいてきた。にこにこと表現するのが似合う、裏のない笑顔は見ていて気持ちがいい。
「おはよう、トリア。今日も素敵だな」
「アデリナ、ありがとう。こちらが一番上の兄の妻になるマルグリットよ」
「マルグリット? よろしく頼む」
こういう人なのとフォローを入れるより前に、マルグリットは穏やかに応じた。挨拶を交わし、フォルト兄様との婚約を喜ぶ。アデリナも「あたしより強い男と出会えて嬉しい」と機嫌よく返した。ジルヴィアを見つけると、アデリナは目を輝かせた。
「この子はトリアの子か? そっくりだな、可愛い……本当に人形みたいだ」
うっとりと目を細める姿に、マルグリットが視線で尋ねてきた。アデリナが抱く許可を出せば、意外にも彼女は慣れた手つきで受け取った。あやすように揺らす仕草も、堂に入っている。かなり慣れている様子だった。
「アデリナは、赤子の扱いに慣れているのね」
「ん? ああ、一族の年下はほとんど抱いたことがある」
んんっ! 変な声を誤魔化すために、マルグリットと空咳をする。
「慣れていてよかったわ、アデリナ。その……抱き上げたことがある、のほうが適切ね」
「そうなのか? 貴族の言い回しは難しいな」
年下をまとめて襲った表現になっているわ。そう指摘したいけれど、彼女の場合「(武力の意味で)襲ったぞ?」と疑問形で返って来る気がするの。極端に言葉が少ないだけで、間違ったことは言っていないけれど。この辺はフォルト兄様といい勝負ね。
フォルト兄様にハイノという副官がいるように、アデリナにも補佐する侍女が必要だわ。でも弱いと置いて行かれるから、ある程度戦える……女性騎士? でも補佐が強いと戦いたがるでしょうし。悩ましいわ。
「遅くなりました、お待たせしましたか?」
考え込んでいると、コルネリアが到着した。彼女はプリンセスラインのふんわりした形で、腰に柔らかなミントのショールを掛けている。宝石類も翡翠かしら? 艶のある緑の半貴石で纏めていた。
「まだ時間前ですわ。ライフアイゼン公爵令嬢」
マルグリットが肩書きで呼んだので、二人を私が紹介し合う。これで名前を呼べるはずよ。ちらりと様子を窺う騎士に、小さく頷いた。もう大丈夫だから、ガブリエラ様に合流していただきましょう。
「ガブリエラ様がおいでになるわ。こちらへどうぞ」
「ん? ガブリエラ様ならさ……」
「アデリナ! ジルヴィアとこちらに座って」
さっき来ていたと言うつもりだったの? アデリナの言葉を遮り、マルグリットと並ぶコルネリアを見守る。体幹がしっかりしているアデリナは、首を傾げながらもすとんと座った。まったくぶれない。安定しているため、ジルヴィアも泣き出すことなく大きな瞳で見上げていた。
「しかし、本当にトリアにそっくりだ」
見つめるアデリナの目は優しい。本当に子供の扱いに慣れているのね。愚図り始めたため、アンナが受け取って後ろを向いた。乳を与えるみたいね。
「待たせた、全員揃っておるか?」
ガブリエラ様はにこやかに登場し、集った淑女達はカーテシーを披露して迎えた。もちろんカーテシーは淑女だけよ? アデリナは胸に手を当てて、イエンチュ王国流の敬意を表した。




